2010年6月17日 No.630

 

取材・執筆・写真/本誌編集部

ぶらり美食の街
マーローを征く

「バッキンガムシャーで最も良く手入れされた村」と称される、テムズ河沿いの街、マーロー。「世界中の釣り人たちのバイブル」として名高い『コンプリート・アングラー』や、ホラー小説『フランケンシュタイン』が生まれたこの街は、今「美食の街」へと進化しつつある。今回は、ミシュランの味が手ごろに楽しめるレストランなどを有する、麗しきこの地を征くことにしたい。
 

 

「テムズ河の宝石」



 6月の澄み渡る青空と、深々とした緑が描き出す申し分のないコントラスト。それを背景にたたずむ、街のシンボル、マーロー橋 Marlow Suspension Bridgeの傍らには、背の高い尖塔が目を引くオール・セイント教会All Saints Churchと、格調高きホテル、コンプリート・アングラーMacdonald Compleat Angler。
また、街を悠々と流れるテムズ河沿いの遊歩道 Public Foot Pathを歩けば、やさしく穏やかな時間に身をまかすことができる。河には水鳥たちが優雅に戯れ、爽やかな初夏の風が駆け抜ける度にキラキラと水面が光る―。
まさに、一幅の絵のような眺め。我々取材班が訪れているこの地がなぜ『テムズ河の宝石 The Jewel of the Thames』と呼ばれるのか、説明を受ける必要があるはずもなかった。
街の名をマーロー Marlowという。
バッキンガムシャーの南西に位置し、ヒースロー空港から西へ約15マイル。アングロ・サクソン語(古英語)の「湖が干上がった後にできた地」という言葉を語源とする街で、実際この地には大きな湖があったという。
マーローは、CPRE(the Campaign to Protect Rural England)が主催する「Buckinghamshire Best Kept Village」に幾度となく選ばれている。隅々まで手入れの行き届いた景観に、この地に住む人々から街へ注がれている深い愛情を感じずにはいられない。

 

コンプリート・アングラー Macdonald Compleat Angler
 

   


 

世界中の釣り人の聖書



「コンプリート・アングラー」の著者、アイザック・ウォルトン
 「釣りこそが、神が与えた最も安らかで、穏やかで、純粋な休息である God never did make a more calm, quiet, innocent recreation than angling. ―Izaak Walton―」 英国随筆文学の代表作の1つとされる『コンプリート・アングラー The Compleat Angler or The Contemplative Man's Recreation』(ちなみに、CompleatはCompleteの旧式の綴り)。その著者である英国の随筆家、アイザック・ウォルトン(1593―1683)は、釣りをこよなく愛し、多くの聖職者、知識人、詩人、劇作家たちとも親交が深かったことから、伝記文学でも多大な功績を残した。 この著書の大半を、ウォルトンはマーローにある古い旅籠で書き上げたという。その旅籠は後にこの本の名前にあやかって名前を変え、現在は400年以上の歴史を持つ名門ホテル「コンプリート・アングラー」として、マーローの街を象徴する1つの名所となっている。 コンプリート・アングラーが世に発表されたのは、清教徒革命や、1649年のチャールズ1世の処刑からわずか数年という1653年のこと。この本の中でウォルトンは、釣魚術のみならず、混乱の残る世の中であっても、謙虚な気持ちを忘れず、今の自分の幸せに気付き、感謝することの大切さを語っている。 原題を直訳すると「釣りの達人、瞑想する人の休息」。11ページで紹介した言葉からも伺えるように、彼にとって釣りは単なる娯楽以上のものだった。コンプリート・アングラーに記された釣魚術は、もちろん350年以上時を経た現代では時代遅れでそぐわない部分も多い。それでもいまだに本書が世界中の釣り人のバイブルとして愛され続けているのは、真の釣り人の原点を語る、色あせることのない『釣りの哲学』が説かれているからである。。