王室とも縁の深い名家の所領
英国では、「~アームズ」という名前のパブを見かけることがしばしばある。ここでいう「アームズ」は紋章(coat of arms)のことだ。 モンタギュー家の紋章は、白地に3つの赤いダイヤマーク(ひし形)。ビューリー周辺でこのマークを見つけたら、モンタギュー家と縁がある場所、建物と断定して良い。 モンタギュー家の家系図を眺めると、「華麗なる」という形容詞が思わず浮かぶ。チューダー朝時代に頭角を現したイングランド貴族のひとつで、ヘンリー8世の治世下で裁判長を務めたエドワード・モンタギュー卿が図のトップを飾っている。ノーサンプトンシャーで力を持つようになった「Ladde」家がもとになっており、詳しい事情はよく分かっていないが、15世紀中ごろに「モンタギュー」を名乗るようになったとされている。 後述する、ビューリーの「ナショナル・モーター・ミュージアム」を1972年に設立したのは、第3代モンタギュー・オブ・ビューリー男爵。つまり、このモンタギュー家はゆうに500は続く由緒ある家柄といえる。 同家の歴史に関わった「他家」として、最も重要なものに「ライズリー(Wriothesley)家」と「スコット(Scott)家」が挙げられる。 先に登場したのはライズリー家だ。 第1代サウサンプトン伯爵に叙せられたトーマス・ライズリーが、1537年にヘンリー8世からビューリー・エステートと呼ばれる広大な地所を与えられた。第4代サウサンプトン伯トーマスには息子がなかったため、3人の娘のうち、末っ子のエリザベスがビューリー・エステートを相続。このエリザベスが、モンタギュー家に嫁いだのは1673年のことだった。 以来、モンタギュー家はビューリー・エステートを拠点とするようになる。 さらに、モンタギュー/ライズリーの血筋に、スコット家の血が入る。スコット家は、名前から推察できる通り、スコットランド南部のボーダーズ地方のセルカーク付近を拠点に勢力を誇った家門で、「バックルー公爵(Duke of Buccleuch)家」の名でも知られる。1663年にスコット家のアン(第2代バックルー伯爵の娘)と結婚し、婿養子に入ってバックルー公爵の位を与えられたジェームズは、スチュワート王家のチャールズ2世の庶子、平たくいえば愛妾(あいしょう)の子だった。 第3代バックルー公ヘンリーが、モンタギュー公の娘エリザベスと1767年に結婚。これにより、モンタギュー家は、スコット家、ひいては王室とも親戚関係を結ぶに至ったというわけだ。 ちなみに、モンタギューと聞いて、シェークスピアの『ロミオとジュリエット』を思い出した人もおられるかもしれない。同作は、イタリアのヴェローナを舞台としているが、ロミオはモンタギュー家の御曹司という設定だった。イングランドのモンタギュー家にビューリー・エステートをもたらしたエリザベス・ライズリーの祖父にあたる第3代サウサンプトン伯ヘンリーは、実際にシェークスピアのパトロンだったという。ただし、その頃にシェークスピアが、後にライズリー家とモンタギュー家が結ばれることになるなど知る由もない。不思議な偶然といえるだろう。
中国スタイルのベッドが当時の流行をうかがわせる、「イチイ(yew)」の部屋。窓からはビューリー川が望める。
そよ風が舞い込み、光あふれるテーブル
モンタギュー・アームズ・ホテルに話をもどそう。 1887年ごろ、オリジナルの正面外壁は取り壊され、大規模な改築が行われた。1925年にはノース・イースト・ウィング(棟)が増築され、ほぼ現在の形に整えられたという。外観もさることながら、ラウンジにしつらえられたレンガ造りの大きな暖炉や、落ち着いた色調のオーク材が使われたフロアなど、「古きよき時代のカントリー・ハウス」を忠実に体現するかのような内装が、居心地の良い空間を作り出している。 また、22の客室には、「オールダー(Alder=ハンの木)」や「オーク(Oak)」=写真右、「マルベリ(Mulberry=クワの木)」といった木の名前がつけられており、それぞれに内装も異なる。「庭側の部屋(garden view)」があるほか、水量豊かなビューリー川が見える部屋もあるので、庭より川面のほうが好み、という場合は予約時に「川側の部屋(river view)」をリクエストしてみるといいだろう。 ひととおり、ホテル内を案内してもらった取材班は、ミシュラン1つ星を保持する「テラス・レストラン(Terrace Restaurant)」に足を踏み入れた。 庭に面した部分がすべて開閉自在のガラス戸になっており、自然光がレストラン内にふんだんに注ぐ造りになっている。季節が良ければすべてのガラス戸が開け放たれ、さわやかな風がレストラン内に舞い込むはずだ。結婚式の会場としても人気が高いというのもうなずける。 この「テラス・レストラン」に限らず、同ホテル内では、時間もゆったりと、そしてやさしく流れていく。きめ細かい心遣いを感じさせる一方で、きどったところがないことも、ゲストを寛いだ気持ちにさせているのだろう。 「テラス・レストラン」のヘッド・シェフを務めるのは、34歳の英国人、マシュー・トムキンソン(Matthew Tomkinson)氏。経営学の学位をとるため、1年間の職業訓練が必須課題だったことから、地元のパブでシェフとして働くことを選択。子供の頃から料理には興味があったという同氏。「長続きするわけがない」という友人たちの予想に反し、このパブで、シェフ業の楽しさに目覚めたという。学位取得後、シェフになるべく修行を開始。2005年、英国レストラン業界の重鎮、ルー(Roux)兄弟が設けた奨学金制度を受ける資格を勝ち取り、さらに腕を磨いた。 その後、オックスフォードシャーにある「グース(Goose)」レストランで初の1つ星を獲得。モンタギュー・アームズ・ホテルに移ってまもない、2009年にここでも1つ星を与えられ、現在に至っている。 この日、取材班が食した料理の詳細については13ページのコラムをご覧いただきたい。フレンチをベースにした、いわゆるモダン・ヨーロピアン料理で、ホテルの「キッチン・ガーデン」で飼われているニワトリの卵をはじめ、できるだけ地元でとれるオーガニックの食材を使い、四季を意識したメニューを提供するよう心がけているという。 アラカルトの場合、スターターが10ポンド程度から、メインで30ポンド程度、デザートが10ポンドという設定。ランチには手頃なセット・メニュー(平日なら2コースで17ポンド/3コースで22・5ポンド。サンデー・ランチは2コースで22・5ポンド/3コースで27・5ポンド)も用意されている。 なお、「テラス・レストラン」での夕食時、8歳未満の子供は連れて入ることができない。また、大人の社交場として、ジーンズとスニーカーはお断りとのことだ。これに対して、ホテル内のもうひとつのレストラン「モンティーズ(Monty's)」は、パブも併設されたカジュアル・スタイルで、子供も大歓迎という。地元のビールも楽しめるので、小さな子供連れのご家族にぜひお勧めしたい。
「フォー・ポスター・ルーム」という料金設定の「キングサリ(laburnum)の部屋」。なお、4部屋あるスイートのうち、「クリの木(chestnut)の部屋」は、ドレス姿を映し出すことができる大きな鏡があるため、ブライダル・スイートと呼ばれている。取材時には、実際にその日、結婚式を挙げた新婦が使っていたため、中の写真を撮ることはできず残念。