キーワード2: 復興の軌跡

地道な研究とワイン造りへの情熱

ヘンリー8世の時代にワイン造りは一旦終息。以降は貴族の道楽や植物学者の情熱によってささやかながら造られるにとどまった。残念なことだが英国史の大半において、自国でのブドウ栽培およびワイン造りの文化は端においやられてきたといわざるを得ない。定着しなかった理由には、輸入ワインの充実や、庶民の間ではエール・ビールが定着していたこと、気候条件の悪さなどが挙げられるだろうが、それらを克服する日がやってくる。その復興への転換期が訪れたのは1950年頃のことだ。
一部の熱心な研究者が、世界中のブドウ品種を集めて国内の気候に最適な品種を探したり、ワイン産地として名高いシャンパーニュの自然条件と比較し、栽培に向く地形、土壌などを研究したりするようになる。科学者や植物学者らは個々の分野で調査・研究を進める一方、時には顔を合わせて意見をかわした。彼らの飽くなき探究心は、次第に英国におけるブドウ栽培に光を与えることになっていく。その結果として、1951年に商業目的のブドウ畑が登場した。ただ、初期のワイン造りは誰の目から見ても無計画なもので、これに続く者が多いとはいえなかった。
とはいえ、研究者らがコツコツと行ってきた取り組みが無駄になることはなかった。彼らは研究や経験などを『The Grape Vine in England』『Wine Growing in England』といった本にまとめて出版。それらは後続の造り手となる世代にも読み継がれ、ブドウ栽培の糸口として一役買うこととなる。先人らの地道な一歩の積み重ねが実を結び、一人また一人とワイン造りに参入。1960年代後半から70年代前半にかけて英国産ワインが少しずつマーケットに現れはじめたのだった。
そしていよいよスーパースター誕生の時を迎える。ウェスト・サセックスに広大なブドウ畑を有するナイティンバーNyetimber、このワイナリーこそが復興の火付け役を果たすべく名乗りを上げる。同ワイナリーは1988年に米国シカゴ出身の夫妻が、「世界最高峰のスパークリング・ワインに対抗できる英国産スパークリング・ワインを造る」という、ゆるぎない決意でスタート。周囲からの冷やかしをよそに、フランス人コンサルタントの指導のもと、シャンパーニュ造りで用いられるシャルドネ種をこれまでにないほど密植し、伝統的シャンパーニュ製法にこだわったワイン造りを始めたのだった。自らの求める味に達するまで繰り返し努力を重ね、ようやく完成した『作品』が国際的ワイン品評会のひとつ、インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション(IWSC)1997に出品される。結果は、堂々の金賞。一躍脚光を浴び、ワイン界にその存在を知らしめたのだった。



白亜の断崖で知られるセブン・シスターズ=写真。きわだつ白さは石灰質からくるもので、この土壌がワイン造りにおいて重要な役割を果たす。
© Stephen Dawson