豊かな国際色を発揮

 さて、ビリングズゲート魚市場について、さらに見ていくことにしよう。敷地面積は13・5エーカー(5万4千6百33平方メートル)で、世界最大級の魚河岸である築地市場に比べれば狭いものだが、この中に98スタンドと30店舗が軒を連ねていて、業者間の競争も激しい。
毎年平均で2万5千トンの魚介類および水産物がここで取引されており、そのうちの40パーセントは海外からの輸入。年間の総売り上げ高はおよそ2億ポンドに上るとされる(いずれも数字はシティ・オブ・ロンドンのウェブサイトより)。
コーンウォールやスコットランドをはじめ、英国各地の港から夜も暗い間に鮮魚が滞ることなく届けられるのはもちろんのこと、冷凍・冷蔵の水産物も船や空のルートで大量に運ばれてくる。カナダからはロブスターが、遠くニュージーランドからはウナギが、生きたまま輸入されてもいる。養殖の魚では英国産やノルウェー産のサケが目立つものの、マスやヒラメなども養殖に成功して重要な位置を占めるようになってきているという。また、ビリングズゲートでは、魚介類だけでなく、燻製やスープなど調理済みの水産加工物も取り扱われている。
魚を求めてビリングズゲートへ足を運ぶ人々は、魚屋、魚専門の仕入れ業者のほか、レストランやカフェ業者、フィッシュ&チップス店、大使館、ロンドン市内の有名デパートや一流ホテルなど多岐にわたる。共通しているのはみな、魚の知識も豊富な専門家たちであり、今日はどの魚が買いなのか、しっかり見極めて購入していく点だろう。
加えて、国際色豊かなロンドンらしく、市場の品揃えは様々な人種や異なる食文化に対応しており、英国でよく見かける魚や日本人に馴染みのある魚のほかに、初めて見るような色や形、においのする魚にお目にかかることがあるのも特徴。取扱量という意味だけでなく、取り扱う魚の質や種類の多さにおいても、英国内では随一の魚市場なのである。

 

ビリングズゲート魚市場の調停役
ドン・タイラーさんに聞く
文字通り、ビリングズゲート魚市場の『顔役』といえるドン・タイラーさん。人柄の良さがにじみ出ており、「善き英国人」の代表と呼びたくなるほどの人物だった。

―タイラーさんのことを教えてください。
ビリングズゲート魚市場で働き始めて、かれこれ50年以上にもなります。ええ、32年前の移転作業もすべて見てきましたよ。市場では、何か問題が発生した時の話し合い担当として委員を選出しており、私は現在、その委員長を務めています。

―今と例えば20年前とで、大きく変わったことといえば何でしょう。
まずは、取り扱われる商品の種類が大幅に増えたことですね。ロンドンとその周辺地域は、多文化社会であり、世界中のありとあらゆるタイプの魚がビリングズゲートでは求められているんですよ。

―英国人の食生活も変わったと思いますか。
すべての人、とは言いませんが、ここ20年で英国人は意欲的になり、利用する食材の種類も増えました。海外旅行に出かけるようになり、旅先でいつもとは違う魚を食べる機会が増えましたから。英国に戻った後も、少し冒険して、それまで食べなかった魚に挑戦するようになっているのです。最近は、スーパーマーケットでも多様な魚が取り扱われるようになっており、外来の魚も手に入りやすくなっていますね。ビリングズゲートでは、ハドック、コッド(どちらもタラの一種)、マカレル(サバ)、へリング(ニシン)といった、何世代にもわたって英国で伝統的に食されてきた魚に加えて、世界各地から届けられる、多種多様な魚についても需要が多いといえます。

―数年前に、魚の『サステナビリティ(持続可能性)』の問題が騒がれましたが。
特に、タラについての報道がよく見られましたね。絶滅の危機にあるとか。しかし。漁獲割り当て制度がうまく機能し、今は落ち着いています。漁獲割り当て制度が尊重され、稚魚が大切にされれば、自然はうまく回ります。おかげで、数年前は数の減少が心配されたタラの問題も解決したのですよ。

―ビリングズゲート魚市場の将来について、どう考えますか。
現在の場所に新しく住居や銀行、ホテルなどを建設する計画が進んでいるので、近い将来にまた、移転することになりそうです。移転先の候補地として、ニュー・スピタルフィールズ・マーケットの近くか、ハックニーの辺りが挙げられていますが、移転によって2つのマーケットが近くなれば、魚と野菜や果物を合わせて取引できるようになり、業者には便利になるでしょう。移転は5年後くらいではないかとも言われていますが、今すぐ立ち退けといわれる訳ではありません。実は我々は2年前に10年間のリース(賃貸契約)を延長したばかりですので。とりあえず、我々は法的に守られているのですよ。しかし、移転が現実味を帯びれば、それに対応するしかないというところでしょう。