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大変貌を遂げた修道院

 M23を下り、次第に緑が濃くなる道をアッシュダウン・フォレストの中へと車を走らせる。鬱蒼とした木々の合間に「アッシュダウン・パーク・ホテル&カントリー・クラブ」の入口が現れた。一瞬見落としてしまいそうな程小さなサインが掲げられた石造りのゲートを通り、整然と立ち並ぶ木立のあいだをさらに進むと、石造りの重厚な館が現れた。『マナーハウス』と聞いてイメージするそのままの佇まいである。背後には広大な緑の丘陵地帯が広がっている。
この地に最初の邸宅が築かれたのは1815年のこと。1867年に、下院議員であったトーマス・チャールズ・トンプソンがこの邸宅を購入。それまであった建物を取り壊し、現在ホテルの本館となっている、新ゴシック様式(※)のビクトリア朝マナーハウスを新築した。1886年には邸宅の東側に小さな教会と地元の子供のための学校を建て、生徒たちには無償で昼食を振る舞っていたという。ちなみにこの学校は1943年に閉鎖され、校舎だった建物は現在、ホテルの従業員宿舎として使われている。
※18~19世紀前半にかけてのゴシック復興ブームの時期に建てられた、ゴシック様式の建築のこと。ネオ・ゴシック様式とも呼ばれる。

 1892年、トンプソンの死後、邸宅は子孫が相続したものの、愛情は注いでもらえなかったらしく、1918年に売りに出され、炭坑会社の手に渡ることになる。この時に敷地内の多くの大木が、炭鉱の坑道建設用として伐採されてしまう。それからわずか1年後の1919年、アッシュダウン・パークは再度売りに出される。
この時、同地を訪れていたのが、尼僧メアリー・セント・アグネスだ。新たな修道院を開こうと考えていたメアリーは、立ち寄ったアッシュダウン・パークをひと目で気に入り、売りに出されていたこの邸宅の購入を申し入れる。その当時のアッシュダウン・パークは、炭坑会社により切り倒された大木の切り株が無造作に転がっているような状態であったため、格安で払い下げられたという。
修道女と33人の尼僧見習いがアッシュダウン・パークに到着したのは1920年のこと。こうして修道院としての歴史が始まった。この時、ウェストウィングが増築され、新たな教会も建築される。現在、主に結婚式やイベント会場として使用されている、教会に隣接するイーストウィングは、1938年に尼僧見習いたちの宿舎として完成。目まぐるしく所有者が変わったアッシュダウン・パークの歴史の中で、比較的穏やかな日々が半世紀あまり訪れたのであった。
しかし、1971年には米国の大学の手に渡り、さらに1974年にはバークレーズ銀行の所有となる。同行は、ここをマネージメント・トレーニングセンターにすべく容赦なく改装を断行。この時に、教会の壮麗な祭壇は無惨にも取り壊されてしてしまう。当時の美しい祭壇の姿を収めた写真が、今もゲストルームが並ぶイーストウィングの廊下に飾られている。
1993年、アッシュダウン・パークは再び変化の波にのまれる。オーナーが現在のホテルグループに代わり、かつての修道院と教会は、美しいパーティー会場と、落ち着いた雰囲気の客室棟として生まれ変わったのだった。現在のチャペルも外観は教会そのものだが、中に入ると最初に目に飛び込んでくる光景に誰もが驚くことだろう。光り輝くステンドグラスの真下にしつらえられたキャビネットにはアルコール類がずらりと並び、招待客がウェルカムドリンクを楽しむ一角となっている。先へ進むと、かつてはベンチが並べられていた礼拝堂がある。現在は2フロアに分けられ、下は絨毯敷の大広間、上はイベント会場へと変貌をとげていた。現在も使用されているという壮大なパイプオルガンと、会場を取り囲む壁にしつらえられた窓のステンドグラスは当時のままだ。
ひとたびウェディング当日となれば、アーチ型の天井を生かした空間美のパーティー会場となり、祭壇のあった場所はドーム型の天井と光り輝くステンドグラスに取り囲まれ、新郎新婦がファーストダンスを踊るダンスフロアとなる。祭壇が取り払われているので、宗教・宗派を問わず、様々なカップルが利用できるという。また、教会とイーストウィングは直結しており、外に出ることなく移動できるほか、新郎新婦や招待客もそのままイーストウィングに宿泊することが可能。無駄のない理想的なウェディング会場となっている。少々不謹慎と思うキリスト教徒の方もおられるかもしれないが、ユニークである点では他の追随を許さぬ場所といえそうだ。





かつての教会はイベント会場にすっかり変身。パイプオルガンやステンドグラスは当時のまま(上)。
ステンドグラスに180度囲まれて、幻想的な挙式に(下)。

 

かつて修道女たちが暮らした部屋

 では、ホテルの本館へと足を進めよう。
重厚な石造りの館内に入ると、パチパチと燃える薪の芳しい香りが鼻をかすめ、大きな暖炉の炎が我々を温かく迎え入れてくれた。寒さにふるえ、旅路に疲れた旅人や訪問客がホッとする空間だ。ホテル内には英国を代表する風景画家ウィリアム・ターナーの複製画が飾られ、英国らしい趣きが漂う。
レセプションホールに面した3つのラウンジは、それぞれ内装や雰囲気が異なり、気分次第で選ぶこともできる。中でも一番広いラウンジは高い天井にクラシカルな内装が落ち着いた雰囲気をかもし出し、生憎の天気であったこの日も、暖炉の前でティータイムや読書を楽しむゲストがゆったりとくつろいでいた。天井まで届く背の高い窓からは、英国らしいのどかな丘陵が望め、曇り空にもかかわらず、部屋には外からの光が充分に差し込み、雲の向こう側にいるはずの太陽の存在を感じさせる。
続いて、今回ホテルを案内してくれたスタッフのメリッサさんと共に、かつて修道院であったイーストウィングを見学。絨毯敷きの長い廊下の壁には、かつて修道院であった頃の修道女たちの暮らしを収めたモノクロ写真が飾られており、当時の修道女たちの『世界』を垣間見ることができる。メリッサさんでさえ時々迷いそうになってしまうという、迷路のように入り組んだ廊下や階段が続く中、いくつものドアを抜けながら部屋へと向かう。迷路のような廊下にワクワクし、これから案内される客室への期待も思わず高まる。
まず案内された「マスタースイートルーム」は、部屋から田園風景が一望でき、四柱式のキングサイズのベッドでさえ小ぢんまりと感じさせるほどゆったりとした造り。落ち着いたカントリースタイルの部屋には、テレビを取り囲むように配置されたリビングコーナーや食事が出来るテーブルもあり、自分の家のようにくつろげそうだ。窓の外には大きなシャクナゲの木があり、春になれば大輪の花が誇らしげに咲くという。
次の「ジュニアスイート」は家族連れにお勧めしているという部屋で、エクストラ・ベッドを置いても充分な広さがある。マスタースイートルームの落ち着いた雰囲気とはまた違った、暖かみのある色調だ。
最後に案内されたのは、客室のカテゴリの中では一番リーズナブルな「デラックス・ベッドルーム」。その中でも、イーストウィングの奥まった場所にある隠れ部屋のような雰囲気の客室を見学させてもらった。周囲から少し離れ、一番な静かな時間を過ごせる部屋かもしれない。他の部屋に比べて天井もやや低いが、自室のように落ち着ける空間になっていた。



「マスタースイートルーム」(左、£515~)、「ジュニアスイート」(右、£415~)。



「マスタースイートルーム」のバスルームの窓は、教会の名残をとどめるステンドグラス。