壁を3倍有効活用した部屋
建物の右手奥にある絵画の部屋=下の写真および写生画=は、ソーンのデザイン力が発揮された小さな密室である。イタリアの風景画家カナレット、王立芸術院でソーンの同僚でもあった風景画家J・W・ターナー、当時の人気風刺画家ウィリアム・ホガースなどの作品がびっしりと展示されているのだが、壁の内側には作品を収めるための折りたたみ式パネルを備えており、実は通常収蔵できる点数の3倍の作品が掛けられるようになっている。
この部屋に一定の見学客が集まると、係員がドアを閉め、説明が始まる(説明が続いている間、外から入ることも退出も不可)。折りたたみパネルをおもむろに開くと、壁の内側から、一群の別の絵画が現れる仕組みだ。
金色にピカピカ光る大袈裟なパネル装置が、ソーンのたぎる情熱をそのまま表しているようでもあり、思わず苦笑してしまう。係員によっては、絵画の説明に加え、ユニークな逸話も話してくれる。所要時間は15分程。この部屋に入るために列ができることが多いが、その場合は待ってでも入ってみることを強くお勧めする。
このあと部屋を出てすぐ右手に地下へ向かう階段がある。地下にはソーンが食後にこもって寛いだという「モンクス・パーラー&ヤード」といわれるゴシック趣味の空間がある。これはソーンが「パードレ・ジョヴァンニの住居」、つまりジョン神父の部屋というコンセプトで作り上げたエリアで、「寛ぐ」という言葉が適切かどうかは分からない、石で囲まれたカタコンベのような空間だ。ちなみに、ジョン神父は、ソーンの空想から生まれた人物という。エリザベス夫人の愛犬ファニーの墓もある。
さらに進むと、紀元前1370年頃に古代エジプトで作られたセティ1世の石棺が鎮座するスペースに到達する。この石棺は1817年に発掘され大英博物館に持ち込まれたものの、高額であったために買い取られることがなく、それを知ったソーンが当時の大金2000ポンドを出してすぐさま購入したという、曰く付きの品だ。石棺の設置を完了させたソーンは、よほど自慢に思ったらしく、王室メンバーを含む1000人のゲストを迎え、3日3晩にわたるパーティーを開いたという。
ジョン・ソーンのライバル ジョージ4世の寵愛を受けたジョン・ナッシュ |
■英建築家ジョン・ナッシュ(John Nash 1752~1835)=左の像=は、ジョン・ソーンのわずか1歳上。同時代に活躍した建築家同士として、お互いに意識するなというほうが無理だったに違いない。 ■かたやジョン・ナッシュはジョージ4世のお気に入りとして、リージェント・パーク、リージェント・ストリート、バッキンガム宮殿=写真左下、ロイヤル・パビリオン=同右下=などを手がけ、より華やかな印象。ソーンはナッシュに対してあまりいい印象を抱いていなかったといわれているが、ソーンの師であるホランドが建築したロイヤル・パビリオンやカールトン・ハウスにナッシュが次々と手を入れたせいもあるのかもしれない。 |