正反対の好みが溶け合った空間

 結婚という枠組みからみると、進歩的、いや、常識を超越した夫妻だが、シシングハーストでの庭造りにおいてなにか革新的で新しいことを試みようとしたわけではない。
ただ、ハロルドは直線を生かした幾何学的な設計によって英国庭園の伝統的な優雅さや厳格さを保つことを好み、一方ではヴィータが、自由奔放な詩人の感覚で植栽を行い、室内に装飾を施すように花壇に色とりどりの花をあふれさせて、ロマンチックで自然な風合いを加えた。この結果、ふたりのコラボレーションは、現代でもなお多くの支持を受ける名園を生み出すに至るのだ。
ヴィータは庭づくりへの姿勢について聞かれた際、「最も直線的な厳格さで決め込まれた範囲のなかで、豊かであること、あえて言えば、無節制なくらいに、あふれるほど生い茂らせること」を実践していると語っている。ハロルドがいてこそ、自分の庭造りが生かされることを理解していたのだ。強い信頼関係の中でお互いを尊重し、異なる個性のどちらもなくてはならない存在としてうまく融合させ、新しい形を生み出す。ここには、夫妻が成り立たせてきた特異な関係が投影されていると言えるだろう。
細かく区切られたシシングハーストの庭は、「各部屋」毎にそれぞれ、異なる色やテーマで特徴づけられている。正門を入るとまずは、青々とした芝を中心とした『トップ・コートヤード』に入る。周囲を囲むレンガの石壁の薄ピンクと芝の緑が、来客を穏やかに受け入れる雰囲気を醸しだしている。ハロルドは「良き英国庭園では水、木、生け垣、そして芝が基礎となる」と考えており、シシングハーストでも全体的に芝と生け垣を多用している。
『トップ・コートヤード』の北側には紫の植物を集めた『パープルボーダー』。20世紀初頭に庭園デザイナーとして知られ、ヴィータの庭造りにも影響を与えたガートルード・ジェキル女史は、紫色は重くなるので多用しないようにとヴィータに忠告したそうだが、敢えて紫を中心として花壇を作るところが自由人のヴィータらしい。紫と言っても実際には、ピンク味や青味がかった紫をうまく組み合わせたものになっているという。
また、『デロス』と呼ばれた一角はギリシャの島にちなんで名づけられたもの。夫妻は、共に旅をした思い出の地のひとつである地中海沿岸地域の木立を再現しようと試みた。しかし、雨や曇りの日が多い英国の気候に阻まれ、残念ながらこの試みはうまくいかなかった。現在では、英国の野生の森と茂みをテーマにした庭へと作り変えられている。
「作り変える」と書いたが、シシングハーストの魅力のひとつとして、今も多くのスタッフにより、進化し続けている点が挙げられる。ヴィータとハロルドが築き上げた基本を守りつつ、ガーデニング・チームにより注意深く選ばれた草花が植えられ、四季が彩られる。どの場所を取り上げても、ヴィータとハロルドに最大の敬意が払われていることは言うまでもないだろう。

 

  

タワー内にある、ヴィータの書斎=写真左。長イス=同右=は、ヴィータが読書をする時に好んで使ったものという。
両写真 © National Trust Images/ John Hammond

 

息子が世に出した
『ある結婚の肖像 ―
ヴィータ・サックヴィル=ウェストの告白』

●ヴィータが、恋人だったヴァイオレット・ケッペル(結婚後はトレフュシス)との愛のあらましを綴った原稿を息子のナイジェルがまとめて発表したものが『ある結婚の肖像(原題Portrait Of A Marriage: Vita Sackville-West and Harold Nicolson)』だ。

●ヴィータは、10代の頃から既にヴァイオレットと恋人関係にあり、ハロルドと結婚して2人の息子を授かってからも関係を続けていたという。このほか、幼い子供を残してヴァイオレットとフランスへ旅に出た際には人目をごまかすために男装までしていたこと、ヴァイオレットの結婚に嫉妬するあまり、ヴァイオレットと駆け落ちまがいの行動にまで出ていたこと、ハロルドも同性愛者であり、家庭の外で男性と性的関係を持っていたことなど、当時どころか、今読んでもセンセーショナルな出来事が赤裸々に描かれている。

●これらの原稿は、1962年にヴィータが70歳で亡くなった後に、鍵付きのトランクからナイジェルが発見したものをまとめたという。いったいどうして、家柄もよく、社会的に高い地位と名声も得ていた両親のスキャンダルを、彼は敢えて世間に発表したのだろうか。幼い息子達をほったらかして色恋沙汰に大騒ぎしていた両親に対して、戸惑いや悲しみは感じなかったのだろうか。

●ナイジェルの答えはこうだ。「結婚は1対1の関係であるべきだとか、男は女だけを、そして女は男だけを愛するべきであるとか、そんなしきたりを母ははねつけて、愛と男女の権利のために戦ったのです」と、母親を称賛している。

●もしかするとナイジェルは、たとえ両親が常に他の誰かと恋愛していたとしても、それはお互いに完全な自由を認めることができるほど成熟した関係だったからであり、夫婦の愛情がこれによって変わることも影響を受けることもなく、それどころか難局を乗り越えることによってさらに絆は強まっていたのだと、訴えたかったのではなかろうか。実際のところ、ヴィータとハロルドの結婚について知れば知るほど、見た目は奇妙ではあっても実は最も幸福なものだったのかもしれないと思えてくるのだ。