常識破りの愛の形

 ここで、ヴィータとハロルドという夫妻の特殊な関係について、述べておこう。
ヴィータは早くから文章を書くことに目覚め、10代で既にサックヴィル家の先祖をモデルにした小説を書いていた。作家としてデビューしてからの彼女の作品では1930年に著された『エドワーディアンズ』 という小説が最もよく知られているが、詩作においても高く評価されており、想像力に富む文学作品に与えられるホーンソーン賞を2度も受賞し ている。

 

 



BBCラジオに出演したハロルド(撮影時期は不明)。© BBC

 

 ヴィータの創作活動にも影響を与えたと思われるのが、ブルームズベリー・グループの存在だ。
このグループは、1905年から第二次世界大戦期にかけて、英国芸術家の知的サークルとして知られた集まりで、同性愛に寛容だった。ヴィータは、早い段階から自分が同性愛者でもあることを認めており、同性愛に理解を示してくれる、ブルームズベリー・グループのメンバーとの付き合いは彼女にとって心地の良いものであったことだろう。ヴィクトリア朝時代には、同性愛は犯罪とみなされ、オスカー・ワイルドのように投獄される者が出るほど、道徳規範に厳しかった英国である。ヴィータが同グループと近くなったのも説明がつく。
ヴィータは、10代の頃から同性の恋人を持ち、ハロルドとの結婚後も複数の相手と恋愛を繰り返している。恋人の中には、英国の20世紀モダニズム文学における主要作家、ヴァージニア・ウルフもいたのは有名な話だ(右コラム参照)。相手のハロルドは、後に国会議員や作家としてもキャリアを築くエリート外交官だったが、彼もまた同性愛者であり、妻以外に男性とも関係を持っていた。
夫妻はお互いの恋人については暗黙の了解とする「オープン・マリッジ(開かれた結婚)」の形を取っており、家庭の外での恋愛で夫婦関係が壊れることはなかったようだ。それどころか、お互いに心から愛し合っており、離れている時には毎日必ず手紙を書くほど仲がよかったという。ヴィータとハロルドは、類まれなるパートナー同士であり、この出会いは、ふたりにとって、そしてシシングハーストにとってこのうえなく幸運なものだった。

 



ヴァージニア・ウルフ(Adeline Virginia Woolf 1882~1941)。
うつの症状に苦しみ、59歳の折、コートのポケットに石をつめて自宅近くの川に入水、自ら命を絶った。

 

ヴァージニア・ウルフからの恋文 『オーランドー』

●ヴィータは1920年代に英国を代表する女性作家・ヴァージニア・ウルフ(1882~1941年)と知り合い、恋人関係になった。ウルフの代表作のひとつ、『オーランドー(Orlando)』(1928年)は、エリザベス1世時代に男として生まれたオーランドーが、4世紀もの時を生きることになり、しかもその間に女にもなってしまうという不思議な物語で、ヴィータをモデルに書かれた作品だ。

●オーランドーは名門貴族の生まれという設定。また、のちに詩人となって賞を取るなどヴィータの伝記的な要素を数多く含んでおり、ヴィータの恋人だったヴァイオレット・ケッペルや夫のハロルドを彷彿させるキャラクターも登場する。

●オーランドーが女になったばかりに失う羽目になる大邸宅も、ヴィータの実家のノールがモデルとなっているが、小説の結末はヴィータが味わった現実とは異なり、オーランドーは一度は失った邸宅を取り戻すことに成功する。作品を読んだハロルドはヴィータに「この本の中で、君はノールとずっと一緒にいられる。僕と君が死んだ後も何年も、永遠に」と言ったという。ウルフは、愛するものを引き継ぐ権利を奪った貴族社会の決め事に怒りを抱えていたヴィータを気の毒に思い、小説の中だけでもヴィータの夢をかなえてやったのかもしれない。

●ヴィータの息子で作家のナイジェル・ニコルソンも『オーランドー』について、「文学史上、最も長く、最も魅惑的なラブレターだ」と、著書の中で評している。

●『オーランドー』は、1992年に映画化もされており、ティルダ・スウィントンが男装の麗人を演じている(『オルランド』サリー・ポッター監督)=写真上。