失われた夢を取り戻すための地

 1913年に、外交官だったハロルド・ニコルソンと21歳で結婚するまでの21年間を、ヴィータはノールで暮らした。
子供の頃から活発ながら孤独な少女でもあったヴィータは、広大なノールの中を探検して遊んだ。17世紀から先祖が住み続けている大邸宅と豪華な調度品。引き出しの中や屋根裏部屋に仕舞いこまれた珍しい品々。家中に掲げられたサックヴィル家歴代の肖像画と彼らの魅惑的で興味深い人生。
ノールでサックヴィル一族の歴史に触れながら成長するうちに、ヴィータは先祖代々の思いをすべて引き受けたかのような情熱で、この家を誰よりも深く愛するようになったに違いない。だからこそ、女だというだけでノールを継承できないという事実はヴィータを苦しめ、そして悲しませたはずである。ヴィータが結婚前に友人宛に出した手紙には「ノールを去らねばならないことは、棺を覆う黒い布のように私に重くのしかかっている」と書かれていたという。
新婚のヴィータとハロルド夫妻は、ハロルドの海外赴任先でしばらく暮らした後に英国へ戻り、1915年にノールからほど近いセブンオークス・ウィールドに不動産を購入し、居を構えた。まだ若かった夫妻はロング・バーンと呼ばれるこの家で庭作りに力を注ぐようになり、この経験が後のシシングハーストでの庭づくりで生かされることになる。
ノールから離れても、ヴィータの心は常に、大切な思い出の家とつながっていた。彼女にとって、荒れ果てたシシングハーストは過去に失なった夢を描き出すための真っ白なキャンバスに見えただろう。しかも、一族で最初にノールの主となったトーマス・サックヴィルの妻は、実は、シシングハーストをかつて所有していたベーカー家の出身であったという由縁まであった。ヴィータには、「失われた過去を取り戻すために力を尽くせ」と先祖から声をかけられているように感じられたかもしれない。この時ヴィータは38歳。ノールを出てから17年の月日が経っていた。
とはいえ、ノールほどの大邸宅を再現することはもちろん不可能に近い。そこで、ヴィータとハロルドが考え出したことは、全体の設計にあたって、庭部分を部屋に見立て、その「庭部屋」と現存する建物とをつなぎ、さながら大邸宅のように再生させるというものだった。
シシングハーストの南側に位置する『サウス・コテージ』にはまず、ヴィータとハロルド、それぞれのための寝室と、バスルーム、及び書斎と居間がしつらえられた。
一方、北側には、もともとは教会の司祭のために建てられたという『プリースト・ハウス』があったが、こちらには、ふたりの息子のベンとナイジェル、及び調理人の部屋、そして台所と食堂が設けられた。『サウス・コテージ』と『プリースト・ハウス』の間は屋外なのだが、夫妻はこの部分も「屋敷内」として捉え、例えば、朝、寝室で目覚めてから朝食が用意された食堂へ向かうために、庭という「部屋」をいくつか抜けて行く、というコンセプトで庭作りを進めた。こうして、ミニアチュアサイズではあるがノールの精神を受け継ぐ邸宅が再現されたのだった。

 





客人をもてなすのに使われたライブラリー(読書室)=写真上=と、
その暖炉の上に飾られている、ヴィータの肖像画。
両写真© National Trust Images/John Hammond