2011年3月17日 No.668

取材・執筆・写真/本誌編集部

英国随一のシャクナゲを誇る
サウス・ロッジ・ホテルを征く

ガトウィック空港から南へ車で約20分。
ウェスト・サセックスの小さな村に、優美な佇まいの「サウス・ロッジ・ホテル」がある。
シャクナゲやアザレア、椿など200種類以上におよぶ花々のほか、
ランやモクレンの貴重種などが競うように咲き乱れる庭園、
きめ細やかなもてなし、洗練された美味しい食事――。
マナーハウスで過ごす春のひとときを考えたとき、
我々の期待を十分に満たしてくれるホテルの一つだ。
英国首相チャーチルもたびたび訪れたというこの地を、今回は征くことにしよう。

 

自然の大パノラマを満喫できる館

 サウス・ロッジ・ホテルは、イングランド南部ウェスト・サセックス、ロンドンとブライトンのちょうど中間あたりにある小さな村、ローワー・ビーディング(Lower Beeding)に佇む。ガトウィック空港にほど近く、ロンドンから距離にして約42マイル(約67・2キロ)、車で1時間20分ほど。都会の喧騒から離れ、自然に囲まれた静寂の中でのんびり寛ぐには、魅力的なマナーハウス・ホテルだ。
同ホテルはこれまでに数回の拡張を重ね、現在、89の客室、レストラン、バー、ラウンジ、そして93エーカー(38万平方メートル、東京ドーム約8個分)にも及ぶ広大な敷地を所有している。森林を通り抜け、湖や池、小川沿いをそぞろ歩いたり、庭園で花巡りをしたりと、豊かな自然を満喫することができる。また、ホテルの目と鼻の先にはマンニング・ヒース(Mannings Heath)という名門ゴルフコースがあるので、雄大な風景を眺めながらゴルフを楽しむことも可能だ。
多くのマナーハウスが数百年の歴史をもつことを考えると、サウス・ロッジ・ホテルの歴史は約130年とまだ比較的新しい。しかし、マナーハウス・ホテル滞在において大切にしたい要素である「心休まる穏やかな時間」「きめ細やかな温かいもてなし」は、確実に約束できる。だんだんと日が長くなり、春の足音が聞こえてきた今、ぜひ週末やイースター休暇に訪れたい場所の一つといえるだろう。
サウス・ロッジ・ホテルが前述のような自然景観に恵まれているのは、ヴィクトリア朝のある博物学者の尽力によるものだといえる。まずは、このマナーハウスを語る上で鍵となるその人物、フレデリック・デュ・ケイン・ゴッドマン Frederick Du Cane Godman(1834~1919)について話しておこう。

 

動植物、そして家族 ―
「いきもの」を愛した博物学者

 現サウス・ロッジ・ホテルは、ヴィクトリア朝の昆虫・生物・鳥類学者フレデリック・デュ・ケイン・ゴッドマンの邸宅であった。ホテルやレストランをいくつも所有する資産家であった父から、フレデリックはローワー・ビーディングの広大な土地を受け継ぎ、自邸を建てた。
ケンブリッジのトリニティ・カレッジに進学したフレデリックは、貴族や裕福な家庭の青年であればフランスやイタリアを遊学するのが一般的であった当時では珍しく、トルコのコンスタンティノープルや、兄が住んでいたウクライナ・クリミア半島のセバストポリなどを旅した。また博物学に強い関心をもち、1858年(24歳)には兄とともに英国鳥学会(British Ornithologists' Union)の立ち上げにも参加している。後にフレデリックと深く関わることになる博物学者オズバート・サルヴィン Osbert Salvin(1835~98)と知り合ったのもこの頃である。2人が共同監修した、全63巻に及ぶ膨大な『中央アメリカ生物誌(Biologia of Centrali Americana)』(1879~1915)は、メキシコを含む南アメリカ地域に生息する動植物に関する貴重な研究誌として、今日では熱帯植物・生物研究者たちの必読書となっているという。
ちなみに余談であるが、こうした研究のために集められた様々な博物学的資料のほか、趣味で収集したトルコやペルシャ、マジョルカ島などの中東陶磁器コレクションは、フレデリックの死後、大英博物館にすべて寄贈されている。同館の収蔵品は多くが個人収集家の寄贈によるものであるが、そのなかでもフレデリックの寄贈品は規模の大きさで知られる。
さて、サウス・ロッジ・ホテルに話をもどそう。
ローワー・ビーディングを受け継いだ後、フレデリックはこの地で夫人のエディス・メアリーと暮らしていた。2人はとても仲の良い夫婦であったようだが、残念ながら子供に恵まれなかった。1875年に夫人が亡くなると、フレデリックは食事も喉を通らなくなるほどに塞ぎ込み、その孤独と悲しみを紛らわすかのごとく博物学研究にさらに情熱を傾けていった。現在ある邸宅の建設に着手し始めたのもこの時期からで、83年には大規模な改築が行われている。
その改築時に、こんなエピソードが残されている。庭にあった椿(camellia)が改築の妨げになったので、工事の担当者はその木を別の場所に移動させようとした。しかし、その美しい椿を心から大切にしていたフレデリックは、植え替えにより木が傷んでしまうのを恐れ、そのまま動かさずに慎重に改築作業を進めるよう、指示を出したとされている。樹齢250年以上に及ぶその椿は、現在もダイニング・ルームの窓ごしに見ることができる。同ホテルにある2つのレストランのうちの一つ「カメリア・カントリー・キッチン(Camellia Country Kitchen)」の名は、この逸話から取られたものである。フレデリックの植物に対する深い愛情と理解がうかがえよう。

 

首相チャーチルとシャクナゲの咲く庭園

 

 夫人の死から16年の歳月が経ち、フレデリックは再婚した。二人目の夫人となったアリスは、夫の博物学に対する情熱をよく理解した女性で、研究に協力し、また自身はガーデニングに熱心に取り組んだ。現在も四季折々の変化をみせる庭園は、このアリスの功績によるものと言っても過言ではない。ランや高山植物、モクレンの貴重種、そしてシャクナゲやアザレア、椿など200種類以上におよぶ色とりどりの花々…。彼女がフレデリックとともに世界中から集め、丹精込めて育てた花の数々は、いまも昔のままに人々を惹きつけてやまない。 英国元首相ウィンストン・チャーチルが宿泊していた部屋「Elizabeth Le Bay」窓からは庭園が一望できる。  そのなかでも見逃せないのが、ホテル・エントランス前にある樹齢150年以上のひと際大きなシャクナゲだ。高さは25フィート(7・6メートル)にまで達し、英国一の大きさを誇っている。「♪この木なんの木、気になる木♪」の歌い出しで有名な某テレビCMを彷彿とさせる美しいカーブを描いた樹姿は、一見の価値がある。毎年春には「花の女王」と言われるに相応しく、エレガントな赤い花が枝の隅々までうめつくすように咲き誇る。残念ながら取材日は2月初旬だったため、花どころか蕾さえついていなかったが、例年だと4月下旬~5月上旬が見頃とのことなので、ぜひ開花の時期にあわせた宿泊プランをお薦めしたい。
 この庭園は、英国元首相ウィンストン・チャーチル Sir Winston Leonard Spencer-Churchill(1874~1965)にも愛され、彼がたびたびこのマナーハウスを訪れたことはよく知られている。チャーチルがいつも滞在していた部屋「Elizabeth Le Bay(エリザベス・ル・ベイ)」を、今回取材班は特別に見せてもらった。ベッドルームは庭園に面しており、窓から雄大な緑や池が一望できる。またリビングルームとベッドルームを隔てる壁にもガラスが大きくはめ込まれ、窓外の風景が眺められるようになっている。これは当時室内が薄暗かったため、外光を取り入れるために設計されたものだそうだが、おかげでどの部屋にいても庭を見渡せるのが印象的だった。
モダンなシャンデリアが目を惹くビリヤード・バー。採光のために開けられた天井には、ステンドグラスがはめ込まれている。  また、趣味で絵を描いていたチャーチルは、『日曜画家』としてもそこそこの腕前であったという。1910年代後半から絵筆をとるようになった彼は、以後亡くなるまでの約50年間に500点以上の作品を描いたと言われている。繊細で穏やかな、かつカラフルな風景画を得意としたようで、おそらくこの部屋でも庭園を眺めながら絵筆を走らせていたであろうことは、想像に難くない。

 

サウス・ロッジ・ホテルのエントランス前に咲く、英国随一と名高いシャクナゲ。見頃は4月下旬〜5月上旬。
 

The Pass

サウス・ロッジのメイン・レストランである「ザ・パス」は、白を基調としたさわやかな印象。やや渋めのライム・グリーンのソファとイス、ダーク・ブラウンのテーブルの組み合わせにより、内装はモダンな仕上がりになっている。 今回取材班が昼食にオーダーしたのは、様々なメニューを少しずつ食すことができるテイスティング・メニュー 「The Gourmet experience」(£38)。分量としては少し物足りなさをぬぐえないが、6品コースでこの値段はかなりお得といえる。



ヘッドシェフ
マット・ギリアン Matt Gillian

ミッドサマー・ハウス、ゴードン・ラムジー、ヴィンヤードにてキャリアを積んだギリアン氏。2008年のオープン以来、AAロゼット3つ星を獲得しているレストラン「The Pass」のヘッドシェフとして、日々腕をふるっている。


プレスターターとして出された一品。やわらかいポテトに、 トリュフの入ったクリームが添えられている。

 

1. Beetroot, watercress, horseradish
ビートルートのマリネ

ビートルートのほのかな甘さと、クレソンと西洋わさびのアイスクリームの辛みがマッチしてい る。オレンジゼリーがさっぱりとしており、ビートルートの少し土臭い後味を和らげている。


2. Cauliflower, risotto, chive
カリフラワーのリゾット

柔らかなカリフラワーが入った濃厚な味わいのクリームリゾット。塩加減が絶妙で、 クリームもしつこくなく、お米もふっくらとしていて大満足の一皿。アクセントにチャイブが散らしてある。赤い彩りはビートルート。


3. Confit salmon, celeriac, cucumber, passion fruit
サーモンのコンフィ

主役のサーモンは絶妙な半生具合に火入れされており、生臭さもまったくなくシェフの 腕前に脱帽。添えられたサワークリームとパッションフルーツとの相性も抜群。ただもう少しボリュームがほしいところ。


4. Pork belly, butternut squash, lentils
ポークベリー

豚肉の表面は適度にカリッとし、肉そのものは口の中でとろけるような焼き上がり。 こってりと煮詰められたソースも美味。肉と柔らかく煮込んだカボチャの下には、たくさんのレンズ豆が隠れている。香ばしい食感のカボチャの種も入っているのがポイント