わくわくする出会いの連続

 

 バラ・マーケットは大きく「スリー・クラウン・スクエア」「グリーン・マーケット」「ミドル・マーケット」の3エリアに分けられている。英国、ヨーロッパの食材を中心に、生鮮食品、チーズやハム、ソーセージ、パン、その他の乳製品、オイルのほか、南米からのスパイス、アジアからの野菜、茶などのインターナショナル・フードが輸入され、130を超す店が出店している。
取り扱う商品のジャンル毎に明確に売場が分かれているわけではないが、精肉や魚介、野菜が「ミドル・マーケット」、小規模生産のアルティザン(職人の伝統技術による)フードなら「スリー・クラウン・スクエア」「グリーン・マーケット」、ストリート・フードなら「グリーン・マーケット」、レストランなら市場を囲むそれぞれの通りといったところだろう。
ただこの分け方はあくまでも目安。香ばしいパンの香りがしたかと思うと、パンにつけて食べてもさぞや美味しいであろう、色鮮やかなオリーブオイルのボトルがずらりと並ぶ店が隣接。さらに隣にはハムを取り扱う店、チーズ専門店が続くといった具合で、カテゴリー別に区画がきっちりと分かれているわけではない。少々雑多な印象を受けるかもしれないが、次に何が現れるか、楽しみにしながらそぞろ歩く―これがバラ・マーケットの魅力のひとつなのかもしれない。気の趣くままに立ち寄って購入していったら、それこそ手痛く散財しかねないほど、興味を駆り立てる店が不規則にひしめき合っている。
とはいえ、スペイン・バルセロナにある、ヨーロッパを代表する「ボケリア市場(サン・ジョセップ市場)」などのように広大なスペースの中、訪れる者を圧倒するほどの品数が並ぶわけではないので、大規模な市場を想像していくと、少々がっかりするかもしれない。
しかし、このロンドンで、ここまで食にこだわることのできる場所があるというのは、やはりうれしいこと。また、大き過ぎない分、新しい物を見つけたり、試食して回ってみたりするのに、ほどよいサイズの市場と言えそうだ。
ひとつひとつ、店をじっくり見ていくと実に面白い。英国内の家族経営の農場が自らの商品だけで勝負するファーム直営店、ヨーロッパを奔走して良質の商品を買い集めた業者がバラエティに富んだ商品を並べる店など、出店者の背景も規模もさまざま。売り方にも個性があふれ、積極的に商品をアピールしてくる店員もいれば、去る者は追わずと決め込んだ店員もいる。一方で品出しでもう大変! という表情の店員もいて、そうした人々と接したり、あるいは彼らの姿を観察したりしながら巡るのも、市場歩きの醍醐味と言えるだろう。スーパーのセルフチェッカー(自動精算機)にすっかり慣れてしまった筆者も、市場の中では心がわきたつのを感じる。
さぁ季節はすっかり春。新しい出会いを求めて出かけてみてはいかがだろうか。



バラ・マーケットでは、各種のストリート・フードを試すことができる。
いろいろあり過ぎて、選ぶのが難しいほど!

 

観光地化するのはイヤ? 歓迎?

土曜日にバラ・マーケットを訪れると、買い物袋ではなく、カメラを携えた人の姿が目立ち、観光客の多さに驚くかもしれない。観光客でにぎわうことは、ロンドンを代表する食市場としての証であるように感じるが、売り手側からみると、思いは複雑のようだ。同市場はチャリティ団体として登録したトラスト(財団)によって運営、管理されている。近年、観光重視、商業主義に走る傾向にある管理団体に異議を唱えるトレーダーが現れ、同市場から撤退するか、または取り引きの規模を縮小する動きが起き始めた。こうしたトレーダーたちはロンドン・ブリッジ駅とバーモンジー駅の中間でビジネスを開始。同市場以外からも生産業者が集い、現在「スパ・ターミナスSpa Terminus」と呼ばれるエリア(Maltby StreetとDruid Street)が形成されている。ガード下で、普段は倉庫や作業場として機能している場所のひとつひとつに生産者が店を開き、土曜日の朝から昼過ぎまで営業を行っている。とくにモルトビー・ストリートMaltby Streetでは、食べ物・飲み物を扱う店が充実しているので、食事時にはこちらにも足を運んでみるのも一案。



改装の際にも、オリジナルのデザインをできるだけ残すなど、
バラ・マーケットでは伝統を重視しているが、観光地化が進むのは避けられず、
批判的な声も聞かれる。

穀物や家畜などを売ることを生業とする人には格好の場所。橋を行き来する人から利益を得ようと商人らが集まりはじめ、12世紀になると現在のバラ・ハイ・ストリートに沿って店が並び、市場が形作られていった。1276年の記録には、ロンドン・ブリッジが市場のために混雑するとして苦情が寄せられたことが記されているという。
同市場の運命が大きく決定づけられたのは、それからしばらく時を経た、1756年のことだ。通り沿いで行われ、大いな賑わいを見せていた市場での売買は、交通混雑を理由に、閉鎖を余儀なくされてしまったのだ。
ところが、この出来事がバラ・マーケットに大きな一歩を踏み出させるきっかけとなる。地元の市民グループは資金を募り、 通りから少し入ったところに市場を開くのに適当な場所を購入、そして市場営業の権利を得たのだった。こうして青果卸売市場とし てのビジネスが始まり、今日の姿へとつながる基盤が築かれていく。同市場が発展したのは、苦情によっていったん閉鎖されたおか げといえそうだ。