並外れたこだわりを具現化した館

 では、今は博物館として公開されている、レイトンの自邸に話を進めよう。
厳しい目で選んだ一流のものに囲まれ、自分好みにつくりあげた邸宅に住み、美しい作品を作りあげ、ハイソサエティの人々に囲まれて過ごす日々。その生涯はまさに貴族的だったと言えるレイトン。
凡人からみると感嘆するほどの彼の暮らしぶりだが、おそらく当の本人にとっては、子供の頃からの当たり前の生活であり、それが彼の「日常」だったのであろう。
レイトンハウス博物館のシニア・キュレーターであるダニエル・ロビンズ氏はタイムアウト誌で「この邸宅は、レイトンにとって偉大な芸術家という役割を演じるための舞台のようなものだったのではないだろうか。この邸宅のなかで唯一のプライベートな空間である寝室は、とても小さく簡素なものだったことがそれを裏付けている」と語っている。
英美術界のゼウスと呼ばれるまでになる偉大な芸術家、フレデリック・レイトンが、ヴィクトリア女王への作品売却から得た財産で建てたのが、ホランド・パークの邸宅だった=右写真。レイトンが、34歳の時のことだ。
レイトンは友人でもある建築家のジョージ・エイチソンに委託し、4500ポンドを費やして、作品を制作するためのスタジオを有する邸宅にした。
1864年に竣工したが、1869年から70年にかけて、スタジオの東側にギャラリーがつくられるなど、30年間にわたって増築や改築などの手が加えられ、時間をかけてレイトン好みの家がつくられていった。
広々としたスタジオでは、社交界の名士をゲストに音楽家を呼んでのコンサートが開かれるなど、英上流階級の社交場としても重要な役割を果たしたという。
「美しいものに囲まれたい」というレイトンの強い思いから、邸宅のなかはレイトン好みの豪華ながらも品のあるインテリアでまとめられ、世界中から集めた貴重なアート・コレクションや自身の作品、好みの家具や絵画・彫刻作品で飾られた。
また、中東から買い集めたお気に入りのタイルを使用して、アラブ風の部屋を作り上げるなど、レイトンの美意識を具現化した邸宅は、「千夜一夜物語」のようにエキゾチックかつ豪華。言ってみれば、邸宅そのものが彼のつくりだすアートだったのである。

 



『音楽の稽古Music Lesson』(1877年発表)。レイトンは、聖書や神話以外からテーマをとった作品も描いた。

 

 1896年のレイトンの死後、邸宅内にあった美術コレクションや家財のほとんどは家から持ち出され、競売商「クリスティーズ」で競売にかけられてしまう。しかし、小さな寝室がひとつしかないこの邸宅を買う者は遂に現れず、結局邸宅は博物館として管理・維持されることになる。
レイトンハウス博物館のなかで当時のままに残っている家具や作品はごく少数に限られており、邸宅そのものも第二次世界大戦の空襲で、損傷を受けた。戦後に改修されたものの、かなり変貌したため、近年、レイトンが生きていた当時のように邸宅を復元する大規模工事が敢行された。当時の写真、イラストなど膨大な資料と、レイトンが選んだ壁紙やペイントのサンプルなど、残されていた物証をもとに、それぞれの部屋の修復が進められた。資料が乏しい部屋では、レイトンが所有していた家具にスタイルが似ているものを配するなど、全体のイメージにあわせる試みがなされている。
こうした、大規模改修工事を経て、公開に至ったレイトンハウス博物館は、彼が暮らしていた当時に出来るだけ近い姿で見学者の前に横たわる。また、レイトンが手がけた油絵や素描画、彫刻などを定期的に展示するほか、エキシビションやミニ・コンサートといったイベントも開催されている。さらには、夏には野外コンサートも開かれるという広々としたガーデンは、散策するのにお薦めだ。
冬季もオープンしているので、かつてゼウスと呼ばれた巨匠が愛でた「美しいもの」に囲まれながら、冬の午後のひとときをゆっくり過ごしてみていただきたい。



1895年当時のレイトンの寝室。
1896年、レイトンはシングル・ベッドが1台置かれているだけのこの質素な部屋で息を引きとったが、
存命中、自邸にゲストを宿泊させたことはなかったとされている。

 

ヴィクトリア朝時代とは?

ヴィクトリア女王の治世下にあった1837年から1901年の間をヴィクトリア朝という。

産業革命により英経済が著しい成長を遂げた時代であり、特に中期は1861年に世界初の万国博覧会であるロンドン万国博覧会が行われるなど、大英帝国は絶頂期を迎えている。

国内では文化も花開いた。ヴィクトリア女王が進んで芸術家を後援したため、芸術家たちは貴族と肩を並べて上流社会に迎えられることになる。

美術では、ロセッティ、ハント、ミレイ(John Everett Millais/下の作品はミレイ作『オフィーリアOphelia』)が、中世や初期ルネサンス、15世紀の北方美術を真似たラファエル前派を結成。

中世の伝説や文学を主題に、明暗の弱い明るい画面、鮮やかな色彩、細密描写をする作風を生み出した。

文学でもディケンズやブロンテ姉妹、ワイルド、キャロル、ハーディ、詩のテニスンなどが活躍、数々の傑作が生まれた時代でもある。

上流や中流階級の人々は、使用人を雇い、アフタヌーンティーを楽しむなど優雅な生活を送る一方、労働者階級の人々は、産業革命により、貧しい農村から都会にでて、過酷な労働を強いられた。

また、礼儀や道徳を重んじて、厳格な規律や礼節が取り入れられた一方で、劣悪な環境のスラムでは売春や児童労働などが行われていたというように、貧富の差が拡大して、大きな矛盾をはらむ社会でもあった。