
●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部
■ ロンドン南東部、大英帝国の発展に貢献した海事都市として、街全体が「世界遺産」に登録されているグリニッジ。日が長くなり、気候がよい今だからこそ訪れたい場所のひとつだ。今回は、テムズ河沿いに広がる見どころ満載の同地を征く。
「グリニッジ(Greenwich)」という地名が歴史に初めて登場するのは、今から1000年以上前。「wich」とは住居や要塞を意味するアングロ・サクソン語で、現在のグリニッジパークを見てもわかるように、テムズ河を見下ろす小高い丘をそなえた緑多き集落だったのだろう。グリニッジパーク内には、アングロ・サクソン族の墓地も残されている。

同所は王室とも縁が深く、英国でもっとも有名な君主のひとりと言えるヘンリー8世が生まれた場所でもある。河沿いの同地を気に入った父ヘンリー7世は、もともとあった屋敷を大改築してグリニッジ宮殿(当時の呼称はプラセンティア宮殿)を建造。1491年に同宮殿で息子ヘンリー8世が誕生した。成人したヘンリー8世は、2人の王妃(最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンと4番目の妻アン・オブ・クレーヴス)とここで挙式を行い、さらに娘たち(メアリー1世とエリザベス1世)もこの宮殿で産声を上げている。
しかし、17世紀中頃に起きた国王支持派と議会派による内乱(イングランド市民戦争)の際に、宮殿はほぼ倒壊。当時の国王チャールズ2世はそれらを取り壊し、新たな王宮を建てようと計画したものの、財政難により完成には至らなかった。放置された新宮殿は、のちに名建築家クリストファー・レンの手で現在の姿へとデザインし直され、英陸軍付属の「チェルシー王立病院」に対する英海軍付属の「グリニッジ病院」として使われた。そのため、ネルソン提督率いるトラファルガー海戦での負傷者もこの病院に運び込まれており、身元のわからない海兵の多くがここに埋葬されている。
病院としての200年近くの歴史に幕を下ろした後は、1998年に閉校となるまでの間、海軍の上級士官用学校(The Royal Naval College)として世界にその名を馳せた。入学資格が厳しく、非常に競争率の高い難関校であったという。まさに世界の海を支配した大英帝国の発展を支えた地と言って間違いないだろう。
さて、グリニッジを訪れる際の難点のひとつが公共交通機関だ。付近には3つの駅があるが、すべてナショナル・レールかドックランズ・ライト・レイルウェイの駅となっているので少々不便。ちなみに、編集部のおすすめはテムズ・クリッパーでの移動。多少割高となってしまうものの、ウェストミンスターから乗船し、ロンドン塔などの観光名所を河越しにのんびりと楽しみながら、グリニッジへとたどり着くことができる。

街中には見どころが満載。300年以上前に建てられた白亜の旧海軍大学校の建物と、テムズ河を隔てた対岸にそびえたつカナリーウォーフの金融ビル群の対比は、なんともシュール。また、海軍の退役軍人たちが使っていた旧食堂「ペインテッドルーム」の天井画は一見の価値があり、多くのドラマや映画のロケ地ともなっている。紅茶輸送船として誕生した帆船「カティサーク」もあり、さらにチャールズ2世が建設させたグリニッジ標準時の基準となる天文台、そして同所を走る「経度0」を示すグリニッジ子午線は、人気の撮影スポットとして常に賑わっている。




ロンドン内なのに、意外と行ったことがないという人も多いグリニッジ。天気のよい週末に、緑と歴史あふれる海洋都市をゆっくり散策してみるのはいかが?
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グリニッジをさらに深く楽しみたい人に…
その1
160年前のボーリングにチャレンジ!※ただし9ピン


ペインテッドホール(旧食堂)とセントピーター&セントポール教会の建物は、実は地下通路で繋がっている。グリニッジ病院時代に食事の運搬通路としてつくられたが、のちに退役軍人の喫煙所となった。その通路の中程で、当時の軍人たちが暇つぶしに遊んだというボーリング場を発見! ヨーロッパ発祥のボーリングは9ピン(10ピンは米国発祥)。係員がいれば、実際にチャレンジできる。
その2
フットトンネルでテムズ河の下を歩く!


テムズ河の下を歩いて通り抜けられるフットトンネルがある。場所はカティサークの目の前にある、このドーム屋根の建物(写真左)。地下トンネルはひんやりと肌寒く、10分ほど歩けば向かいの地上へ出ることができる。対岸からは、写真下のような景色を目にすることが可能。なかなかない体験。

その3
国会議員の恒例ディナー ホワイトベイト(小魚)を食べる!


19世紀ヴィクトリア朝時代、政治家のあいだで流行したという「ホワイトベイト・ディナー」。グリニッジで獲れたホワイトベイトは当時「オシャレな食べ物」として人気があり、国会休会前に河沿いに建つパブ「Trafalgar Tavern」を訪れるのが恒例行事だったとか。
グラッドストン首相も訪れ、ディケンズの小説「我らが共通の友」にも登場する歴史あるパブで、揚げ小魚はいかが?
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週刊ジャーニー No.1343(2024年5月23日)掲載