グレート・ギャラリー。 © The Wallace Collection

●征くシリーズ●取材・執筆/本誌編集部

■セルフリッジズの裏に、ひっそりとたたずむ侯爵家の旧邸宅「ハートフォード・ハウス」。別名「ウォレス・コレクション」の名前で知られる同屋敷は、1900年から美術館として一般公開されている。今回は、この「隠れ家」的美術館を紹介したい。

この建物が完成したのは1780年代。マンチェスター公爵が、カモ猟の際に滞在する私邸として建設したのが起源だ。当初は公爵にちなんで「マンチェスター・ハウス」と命名され、建物の向かいに広がる小さな緑の広場は、現在も「マンチェスター・スクエア」と呼ばれている。この邸宅が「ハートフォード・ハウス」と改名されたのは、1797年に第2代ハートフォード侯爵が同宅の賃借権を購入してからのこと。ハートフォード侯爵位を冠するシーモア=コンウェイ家のロンドンでの住居として、その後100年ほど使用された。

シーモア=コンウェイ家の起源は古く、ヘンリー8世の3番目の妻で、唯一男児を生んだ王妃ジェーン・シーモアの兄の直系子孫にあたる。一族の男性は裕福な資産家令嬢との結婚を繰り返し、富を増やしていったが、とくに3代目のフランシス・シーモア=コンウェイの世代に莫大な資産を築いている。

フランシスが結婚した女性は、イタリアの公爵夫人と英国の貴族男性のあいだに生まれた私生児マリアだった。一族の反対を押し切っての婚姻で、さぞ情熱的な恋愛結婚だったのかと思いきや、どうしても「金目当て」の文字がちらついてしまう。なぜなら結婚して間もなく、「自分こそが父親」と信じる2人の男性(そのうちの1人はクィーンズベリー公爵)から、マリアは莫大な遺産を譲り受けたからである。そのおかげで、シーモア=コンウェイ家の財産は劇的に増大。そしてこれを機に、フランシスは贅沢と放蕩生活で有名な当時の皇太子(のちのジョージ4世)と海外豪遊旅行を繰り返したり、共通の趣味である美術品収集にのめり込んだりと、享楽的な日々を送るようになった。

一方、どれほど富をもたらそうとも、王族を輩出した誇り高きシーモア=コンウェイの一族は「私生児」であるマリアを受け入れなかった。夫にも顧みられず、針のむしろと言える毎日に耐えかね、彼女は3人の子どもを出産した後、長男リチャードを連れてフランスへ渡り、二度と英国に戻ることはなかった。

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さて、パリで育った後継ぎのリチャードは、父フランシスが亡くなると、英国に呼び戻された。第4代侯爵として英海軍の大尉、外交官、国会議員などを歴任するものの、英国生活には馴染めず、結婚する気にもなれない。そんなリチャードが没頭したのは、まさに父親の血を証明するかのように「美術品の収集」だった。絵画、磁器、彫刻、タペストリー、家具のほか、武具や甲冑にまで関心は及び、オークションで競り落とされた数々の美術品がハートフォード・ハウスに運びこまれた。やがて35歳でさっさと引退し、フランスへ帰国。パリ郊外のブーローニュの森にある城を購入して、文字通り「独身貴族」として優雅な生活を楽しんだ。

リチャードは生涯独身だったが、認知していない庶子はいた。その息子はリチャード(父と同名)・ウォレスと母方の姓を名乗り、パリで生まれ育っている。彼はハートフォード侯爵位は継げなかったものの(父方の従兄弟が受爵)、父が集めた美術品やフランスで築いた財産等はすべて相続。その遺産で、侯爵からハートフォード・ハウスの借地権を購入し、同邸宅へ転居している。

リチャード・ウォレスが亡くなった後、祖父や父が収集した膨大な美術コレクションは邸宅とともに国へ寄贈され、1900年に美術館として一般公開、今に至っている。この際に同館にあらためて命名されたのが、リチャード・ウォレスの姓にちなんだ「ウォレス・コレクション」であった。

フランスの宮廷画家ブーシェやフラゴナールの傑作、ブルボン王家やナポレオン一家に由来する品々など、同館の収蔵品が18~19世紀のフランスのものが多くを占めるのは、英国に馴染めなかった第4代侯爵が、少しでも愛するフランスを身近に感じたいと集めたからである。ロンドン中心部にある元貴族の邸宅で、入場無料で豪華な美術品を堪能できるウォレス・コレクション。ガラス張りの天井で明るく広々とした中庭(コートヤード)では、アフタヌーンティーを楽しむこともできる。ぜひ一度立ち寄ってみてはいかがだろうか。

中央に大階段のあるフロントホール。© The Wallace Collection
ルイ14世時代のキャビネットが並ぶ大ドローイング・ルーム。© The Wallace Collection
ルイ15世と愛妾ポンパドゥール夫人をイメージしたバック・ステート・ルーム。© The Wallace Collection
ブーシェの名作が飾られたオーヴァル・ドローイング・ルーム。© The Wallace Collection

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ウォレス・コレクション 珠玉の絵画6選

フラゴナール
「ぶらんこ」
The Swing 1767~68年/Study

ブーシェ
「ポンパドゥール夫人」
Madame de Pompadour 1759年/Landing

ティツィアーノ
「ペルセウスとアンドロメダ」
Perseus and Andromeda 1554~56年/Great Gallery

ポール・ドラローシュ
「塔の中のエドワード5世とヨーク公爵」
Edward V and the Duke of York in the Tower 1831年/West Gallery II

レンブラント
「画家の息子、ティトゥス」
Titus, the Artist’s Son 1657年/East Galleries I

二コラ・プッサン
「人生の踊り」
A Dance to the Music of Time 1634~36年/Great Gallery

Travel Information ※2024年5月5日現在

The Wallace Collection
ウォレス・コレクション

Hertford House,
Manchester Square,
London W1U 3BN
Tel: 020 7563 9500
www.wallacecollection.org

開館日 :10:00~17:00
入館料 :無料
最寄り駅:ボンドストリート駅


週刊ジャーニー No.1341(2024年5月9日)掲載