2012年1月26日

取材・執筆・写真/本誌編集部

アール・デコの精華
エルサム・パレスを征く


© English Heritage Photo Library

 

貧しくも豊かな時代

 1930年代とはいったいどんな時代であったであろうか。2つの大戦の狭間にあり、1929年に始まったとされる世界大恐慌の影響を受け「大不況時代」ともいわれた時代。そんな貧しい暗黒の時代にあって、『オズの魔法使い』(1939年、ヴィクター・フレミング監督)に代表されるカラー映画製作を始め、テレビや車や飛行機といった新しいテクノロジーが開発に開発を重ね、急成長を遂げている時代でもあった。とくにハリウッド映画の全盛期といわれ、映画というマスメディアが新たに人々に与えた影響は絶大なものであったと想像できる。厳しくも独創的でエネルギッシュな時代だったといえよう。
 新産業の発展により財をなした新興ブルジョア層も少なくなかった。この頃の英国ではそういった富豪たちの間で、廃墟と化した古城を買い上げ、自宅用に改築し、社交サロンとして各界の著名人を招くことが、ひとつのステータス・シンボルにもなった。今では英国の観光名所のひとつであるリーズ城をはじめ、この時代、数々の廃墟が当時のブルジョアたちの手によって息を吹き返したのである。
 今回取材班が訪れた「エルサム・パレスEltham Palace」も、300年近く忘れ去られていた廃墟が1930年代になって邸宅として改装されたものだ。「エルサム」は、在英日本人にとっては馴染みの薄い場所かもしれないが、ロンドンの南東、グリニッジ区の大半を占める近郊開発地帯である。その名のとおり、ここはかつて「パレス=宮殿」、つまり国王の住まい(王宮)であった。「キャッスル=城」の多くが、かつて要塞としての機能を果たし、必ずしも王宮や王室所有ではないのに対し、「パレス」は砦の性格はなく、あくまで王の「住まい」であり、「ロイヤルな」館であることを意味する。

 


パレスはV字型になっており、グレート・ホール部分(写真右)と
他の部屋群(同左)の間にエントランス・ホールが位置する。
エントランス・ホール外側には、クリストファー・レンのデザインした、
ハンプトン・コートに影響を受けた列柱が施されている。