
●征くシリーズ●取材・執筆/本誌編集部
■ 16世紀以降、議会政治が行われる場となっている国会議事堂。ロンドンのシンボルでもある時計塔「ビッグベン」を備えるこの建物の正式名称は「ウエストミンスター宮殿」といい、隣接する「ウエストミンスター寺院」とともに11世紀に建てられた旧王宮だ。
ウェストミンスター宮殿の誕生は1000年ほど前。イングランドを征服したデーン人の王クヌートが築いた砦跡に、アングロサクソン系の最後の王エドワード懺悔王が王宮を建造したことを起源としている。さらに、懺悔王は死後の埋葬場所として、王宮に隣接する修道院も建設。それがウェストミンスター宮殿とウェストミンスター寺院である。同宮殿は、1530年にヘンリー8世がホワイトホール宮殿(バンケティング・ハウスのみ現存)を新たな王宮と定めるまで、代々の君主一家の居住地であった。
王宮の転居に伴い、ウェストミンスター宮殿は「政治の中心地」としての役割を強めていく。それまでも同所では、議会の前身「枢密院」の審議や初のイングランド議会「模範議会」が度々開かれていたものの、これ以降、本日に至るまで議会政治が執り行われる場所となっている。
国会議事堂の内部は、毎週土曜と夏季などの休会期間中は一般公開されている。1834年に発生した大火災により、ウェストミンスターホールと聖スティーヴン礼拝堂(現・聖スティーヴンホール)の地下室以外はすべて焼失(下地図・紫線参照)。現在の時計塔を備えた壮麗で装飾的なゴシック・リヴァイバル様式の建物は、ヴィクトリア朝時代の1876年に完成したものではあるが、見ごたえは十分だ。

厳重なセキュリティを通り抜けると、最初に足を踏み入れるのはウェストミンスターホール。改築した14世紀の面影を色濃く残し、木造の天井は当時のまま。敷地内で最も古い部分にあたる。ここではトマス・モアやチャールズ1世の処刑宣告裁判のほか、19世紀まではウェストミンスター寺院での戴冠式後に晩餐会が開かれており、20世紀からは王族が埋葬される前に「棺の一般公開(Lying-in-State)」が行われている。
セントラル・ロビーから先は、貴族院(House of Lords)と庶民院(House of Commons)で左右に分かれ、自身が所属する議院の範囲内しか移動することはできない。貴族院は貴族階層から選ばれた者が名を連ね、庶民院は総選挙で選ばれた議員が属している。それぞれテーマカラーがあり、貴族院は重厚感漂う「赤」、庶民院はその補色の「緑」。各議場の座席だけでなく、カーペットやカーテンまで徹底して同色で統一されている。何より興味深いのは、両院の雰囲気の違いだ。とくに議場の内装の相違は顕著で、煌びやかで宮殿のような貴族院(写真上)に対し、庶民院は非常にシンプルなのが面白い(写真下)。
国会議事堂にまつわる有名な事件といえば、1605年に起きたジェームズ1世の暗殺未遂だろう。事件の失敗を祝い、毎年11月5日は「ガイ・フォークス・ナイト(ボンファイヤー・ナイト)」で盛り上がるが、なぜ国会議事堂の爆破が国王暗殺に結びついたかというと、毎年議会の開始初日は君主臨席のもとで、開会宣言が行われるからである。そのため、今も開会式前には必ず警備兵が見回りを行っている。過去の歴史と現在の政治が融合する場所、国会議事堂。ぜひ訪れてみては?
Westminster Hall/ウェストミンスターホール

2022年9月に行われたエリザベス女王の「Lying-in-State」の様子。エリザベス女王の両親であるジョージ6世夫妻、ヴィクトリア朝時代のグラッドストン元首相やチャーチル元首相らの棺の公開も行われ、その記念プレートも床にはめ込まれている。
House of Commons Chamber/庶民院議場

国会中継でお馴染みである、貴族院とは大きく異なったシンプルな庶民院の会議場。議会の開始初日、庶民院の議員たちはここに籠り、貴族院から「集結のお呼び」がかかってから、ガヤガヤと騒ぎながら貴族院議場へ向かう。開会式が唯一、君主、貴族院、庶民院が集う日となる。
Prince’s Chamber/ 皇太子の間

貴族院議場へと続く、貴族院の待合ロビー。ヘンリー8世ゆかりの人物たちの肖像画で囲まれている。議会の開始初日の朝、護衛兵のヨーマン・ウォーダーたちは、ガイ・フォークスが火薬を仕掛けていた議場真下にある貯蔵室まで見回りを行う。これは1605年の事件以降、毎年行われており、その出発地点がこの部屋となる。
Royal Gallery/ロイヤルギャラリー

開会式当日、君主は貴族院側の王族専用入口から入場し、玉座が設えられたロービングルームで服装を整えた後、このロイヤルギャラリーを通って貴族院議場へ向かう。君主夫妻の肖像画のほか、ウェリントン公がウォータールーの戦いで勝利した場面(左)とネルソン提督がトラファルガー海戦で戦死した場面(右)の絵が飾られている。

即完売してしまう大人気ツアーBig Ben Tour


世界一有名な時計塔内をめぐるガイドツアー。334段の狭い螺旋階段をのぼり、大鐘「ビッグベン」が吊るされている鐘楼や、直径約7メートルに及ぶ時計の文字盤の裏側を見ることができる。階段を自力で登ることができ、中程度の運動を90分間続けることができる、11歳以上の人のみという参加制限があるので注意。非常に人気のツアーであるため、毎月10日に翌月分のチケットがオンライン販売される。次回の発売は4月10日。
【オープン時間】9:00~16:15
【料金】£30 ※オンラインでの事前購入要
庶民院議長の生活を覗く The State Apartments of Speaker's House Tour

国会議事堂内には、庶民院の議長(Speaker of the House of Commons)が暮らす議長公邸がある。普段は一般公開されていないが、休会期間中の夏季だけガイドツアーで訪れることができ、応接間、寝室、書斎、ダイニングルームなどを見学することが可能。ツアーは75分、年齢制限はないものの16歳以上が推奨されている。
【オープン時間】夏季9:00~16:15
※2024年は7月29日~8月31日
【料金】 £20 ※オンラインでの事前購入要
Travel Information ※2024年3月25日現在


The Palace of Westminster
(Houses of Parliament/UK Parliament)
ウェストミンスター宮殿(国会議事堂)
SW1A 0AA
www.parliament.uk
【オープン時間】
毎週土曜 9:00~16:15
※2024年4月3日~12日のほか、夏季の休会期間も臨時公開される。
【料金】
セルフガイド・オーディオツアー:£26
ガイドツアー:£33
※オンラインでの事前購入要
【最寄り駅】
ウェストミンスター駅
過去の特集記事
週刊ジャーニー No.1335(2024年3月28日)掲載