■ 中世に羊毛取引で栄えた、英国でも屈指の人気を誇るカントリーサイド、コッツウォルズ。3回にわたって同地方の魅力あふれる村々を紹介する夏の大特集の2回目は、コッツウォルズ北部の村、チッピング・カムデンを征く。
●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部
「王冠に飾られた宝石(the Jewel in the Crown)」と呼ばれる、チッピング・カムデン。「もっとも素晴らしい、価値のあるもの」「見逃せない目玉」といった意味の英語独特の表現で讃えられるこの村は、13~14世紀に羊毛取引で栄えたマーケット・タウンだ。
「チッピング(Chipping)」とは古英語で「マーケット」を表し、コッツウォルズにはチッピング・ノートン、チッピング・サドベリーなど、同名を冠する村がいくつかある。また、「カムデン(Campden)」は「耕作地や田畑のある谷間」といった意味で、チッピング・カムデンは数あるマーケット・タウンの中でも、もっとも重要な羊毛取引市場として発展し、中世時代はヨーロッパ中にその名を馳せていた。
この村の特徴は、繁栄していた当時の面影が色濃く残されているところ。村はずれには、羊毛で財を成した裕福な商人たちが暮らしていた「茅葺き屋根」と「はちみつ色の石壁」を持つ家々が、今も変わらずに建ち並んでいる。ラベンダーやバラなどの花々が咲き乱れる玄関先、整えられた生垣や手入れの行き届いた庭を眺めていると、絵本や童話の中に紛れ込んだかのように錯覚してしまう。車で訪れた場合は、ぜひ村の中心部から少々離れた場所に停車し、ハイストリートまでのんびりと散策を楽しんでいただきたい。
ハイストリートには10分ほどで辿り着く。個性豊かな雑貨、可愛らしい食器などを扱うショップが軒を連ね、ウィンドウ・ショッピングをするだけでも瞬く間に時間が過ぎていく。そして、この大通りの中央付近に建つのが、1627年に建造された町のシンボル「マーケットホール」。チーズやバターといった乳製品を販売する屋根つきのマーケットとして、地元住人たちで賑わった場所だ。ホールの中に足を踏み入れると、屋根を支える太い木柱と縦横無尽に張り巡らされた梁に圧倒される。足元は400年前の敷石で覆われ、アーチ型の石の列柱を通して見るはちみつ色の家並みは、中世にタイムスリップしたように感じられるだろう。当時の喧騒も聞こえてきそうだ。
また、ハイストリート沿いにはチッピング・カムデンで一番古い住宅「グレヴェル・ハウス(Grevel House)」も残っている(非公開)。羊毛業で大成功を収めた豪商ウィリアム・グレヴェルが1380年に建てた家で、完成当初、初めて実際の煙突を備えた家として村で評判になったという。この住宅を通り過ぎて右手の小道を進んでいくと、セント・ジェームズ教会の優美な鐘楼が見えてくる。この教会は、チッピング・カムデンに住む羊毛業者たちの献金によって建築されたもの。素朴な教会であるが、現在も「村の守り神」として信仰を集めている。ちなみに、教会の手前にある12軒の家が連なるタウンハウスは、かつて村の領主や豪商たちの護衛兵用住居だった。
羊毛の生産や取引で栄えたコッツウォルズ。職人ではなく羊毛産業で富を蓄えた商人によってつくられたチッピング・カムデンは、600年以上経った今も「王冠に飾られた宝石」の輝きを放ち続けている。
イーヴシャム渓谷を一望できる!
Broadway Tower
チッピング・カムデンからB4081を南下し、隣の村ブロードウェイ方面へ10分ほど車を走らせた小高い丘の上に、「塔」がたたずんでいる。この高さ約20メートルの「ブロードウェイ・タワー」からは、ブロードウェイの村やイーヴシャム渓谷を見下ろすことができる。
この塔は18世紀後半、有事の際に狼煙(のろし)をあげて村へ合図を送る「伝達塔」(Beacon)として建造されたもの。塔の中には3フロアあり、村や塔の歴史のほか、ウィリアム・モリス関連資料などが展示されている。天気のよい日には、最上階の展望台からウェールズの山々も見えるという。
Middle Hill, Broadway WR12 7LB
https://broadwaytower.co.uk
入場料:£14(駐車場料金込み)
Travel Information 2023年8月22日現在
Chipping Campden
チッピング・カムデン
【ロンドンから車】
M40でオックスフォード方面へ向かい、ジャンクション8でA40を出る。その後、A44へと進む。Chipping Norton、Moreton-in-Marshを通過し、A44をさらに北上。右折してB4081に入る。ロンドンから約2時間。
【ロンドンから公共交通機関】
London Paddington駅から電車に乗り、Moreton-in-Marsh駅で下車(所要1時間半ほど)。バス1番で約45分、2番で約35分(ともにStratford-upon-Avon行き)。
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週刊ジャーニー No.1305(2023年8月24日)掲載