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修道士たちの島

 「モンキー・アイランド」と聞くと、多くの猿と戯れることができるサファリパークのような島を思い浮かべてしまうかもしれないが、実際には修道院と縁が深く、先述したように静かな楽園を追想させる環境だ。
この島の歴史を辿っていくと、少なくとも12世紀まで遡ることができる。
モンキー・アイランドは、ここからテムズ川沿いに少し北上したところ、アメルデンの岸辺に建っていたマートン小修道院が所有していた島で、この小修道院で生活していた修道士たち(モンクスmonks)の釣り場として、1197年頃から使用されていたとされる。そのため、当時から「修道士たちの島(モンクス・アイオットMonks Eyot)」と呼ばれていた。この「モンクス・アイオット」が、やがて時を経て響きの似た「モンキー・アイランド」という名称に変化したというのが、いくつかある島名の伝承のなかで最も有力と考えられている説である。つまり、猿とはまったく関係のない島なのだ。ちなみに、「アイオットeyot」とは古英語で「アイランドisland」という意味である。
16世紀に入ると、ヘンリー8世が行った宗教改革で多くの修道院が閉鎖された。モンキー・アイランドも修道院の手を離れ、バークシャーに住む貴族のイングルフィールド家に買い取られる。この島が一躍知られるようになったのは、このイングルフィールド家が所有していた時代で、1666年に起きたロンドン大火が原因であった。大火災によって焼失したロンドンの建築物再建のために、イングルフィールド家はモンキー・アイランドを復興の作業場として提供したのである。
多くの石材がオックスフォードシャーから輸送船でテムズ川を渡り、ロンドンへ運ばれて行く際の中継地点となったり、また崩れ落ちた瓦礫や焼けた木材がロンドンから運び出されてきた際の廃棄場所となったりするなど、町の再建に陰ながらも一役買ったとされる。テムズ川にはモンキー・アイランド以外にも小島はいくつかあるが、ここの土壌は他の島々に比べて堅牢であり、かつ水面からつき出た部分の高さが十分であったため、とくに重要な基点となっていたことは想像に難くない。


雪景色に映えるフットブリッジ。1949年に完成したこの橋は、
当時の所有者が、身ごもっていた妻が安全に川を渡ることができるようにとつくらせた。

貴族に愛された奇怪な館

 モンキー・アイランドの対岸にある駐車場に車を止め、テムズ川に向かって歩を進めていくと、緩やかなカーブを描く白いフットブリッジが目の前に現れる。歩道の幅は狭く、人ひとりが歩くのが精一杯だが、所々に花籠が飾られており、ゲストへの気遣いを感じさせる。渡り切ってしまう前に中央付近で一度立ち止まり、周囲を見渡していただきたい。鏡のように静かな川面に木々や空が映りこみ、遠くに目を向けるとテムズ川の流れがどこまでも続いている。これからの滞在に期待感が高まる瞬間だ。
モンキー・アイランド・ホテルは2棟にわかれており、現在目にすることができる建物の基礎は、第3代マールバラ公爵チャールズ・スペンサー(Charles Spencer, 3rd Duke of Marlborough, 5th Earl of Sunderland, KG,1706~58)によって築かれた。スペンサーという姓でお気付きになる方も多いと思うが、第5代サンダーランド伯も兼ねていたこのチャールズの実弟が、後にダイアナ元妃を輩出するスペンサー伯爵家の祖となった人物である。


「マールバラ公爵の島」と呼ばれていた当時のモンキー・アイランド。
左に描かれている建物がフィッシング・ロッジ、右がフィッシング・テンプル=写真左。
第3代マールバラ公爵チャールズ・スペンサー=写真右。

 1723年、17歳の若きチャールズ・スペンサーは、モンキー・アイランドの近くで開かれた政治社交クラブの会合に出席する。会合の前に付近を散策していたチャールズは、テムズ川に囲まれた緑豊かなこの小島を一目見て気に入り、当時の所有者であったフランシス・イングルフィールドから購入した。
18世紀に入ると、英国人にとって「釣り」とは、中世における「生活のために食料や年貢として魚を獲る手段」としてだけでなく「男性貴族の娯楽」へと広がりを見せはじめていた。チャールズもその例にもれず、無類の釣り好きとして有名だったようである。友人と一緒にのんびりと釣りを楽しむために、チャールズはモンキー・アイランドにキッチンやパーラー(談話室)のある「フィッシング・ロッジ」と、ビリヤードルームやゲストルームのある「フィッシング・テンプル」の建造を依頼した。『馬鹿げた浪費』と噂されたこの2棟が、現在あるレストランやテラス・バーを併設する「パビリオン」と26室のベッドルームを備えた「テンプル」の前身である。


庭園でアフタヌーン・ティーを楽しむエドワード7世(右手前)と
アレクサンドラ王妃(左から2番目)の一家。

 島の所有者が変わるたびに、これらの建物も少しずつ改築が行われていったが、270年以上前の姿をそのまま留めている部屋もある。
一つは、テンプル内にある部屋「ウェッジウッド・スイート」、通称「ブライダル・スイート」だ。かつてビリヤードルームであったこの部屋は、その名前からもわかるように、澄んだ空色が目に鮮やかなウェッジウッド製の天井が特徴となっている。海神ネプチューンや人魚、貝殻など、ギリシャ神話に登場する海のモチーフで飾られており、格調高く優雅な雰囲気が漂う。また、角部屋であることを活用し、庭園やテムズ川など外の風景を220度望むことができるように窓が大きく設えられているのも嬉しい。同ホテルで挙式をした新婚カップルに一番人気の高い部屋というのもうなずける。
そしてもう一つが、パビリオン内にある「モンキー・ルーム」。かつてパーラーであったこの部屋の天井は、猿のパネル画で一面覆われており、室内に入って天井を見上げると少々奇怪な印象を受ける。釣りをする猿、狩りをする猿、ボートの上で寛ぎながら一服する猿…人間さながらのしぐさを見せ、衣服を身につけた猿たちは、当時の紳士たちの余暇を楽しむ様子そのままに見えた。モンキー・アイランドという島名にちなんで、猿をモチーフに選んだチャールズの茶目っ気がうかがえる。この部屋はパビリオン・レストランに続いており、ここで食事をすることも可能だ。