ノール
© National Trust Images/Mike Calnan/Chris Lacey

■ 国王に次ぐ権威を誇ったカンタベリー大司教が、その威厳の証として築いた大邸宅「ノール」。代々の大司教に受け継がれた後、17世紀からは名門貴族サックヴィル家の屋敷となっている。今号では、別名「カレンダーハウス」と呼ばれるノールをご紹介したい。

●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部

サックヴィル家の家紋はヒョウ(Leopard)。階段や壁、窓のステンドグラス、天井、屋根など、あちこちにヒョウの姿が見られる。

「1年」と同じ日数365の部屋があり、同じ週数52の階段を持ち、さらに同じ月数の12の玄関口を構えているノール。バッキンガム宮殿はその倍の775室、ウィンザー城にいたっては1000室を誇っているが、王宮以外ではバーリーハウス(8月4日号掲載)で約120室、ワデズドン・マナー(同11日号掲載)は45室であることを考えると、その規模の大きさがわかるだろう。こうした1年の日数・週数・月数のほか、1週間の日数(7)や1年の季節数(4)などにこだわった造りの建物は「カレンダーハウス」と呼ばれ、16世紀のエリザベス朝時代、そのリバイバルで19世紀のヴィクトリア朝時代に流行したものだ。

ノール(Knole)とは、もともと「草で覆われた丘の家」を意味する。その語意の通りにノールとその周辺には森林丘陵地帯が広がり、野生のダマジカや日本シカが500頭ほど生息している。邸宅の周囲や庭だけでなく、駐車場にも人間や車をまったく気にせずにのんびり草を食みながらウロウロするシカがいるので驚いてしまう。

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現在のノールの原型となる建物が生まれたのは1456年、イングランド中世後期のこと。当時のカンタベリー大司教が、カンタベリーとロンドンのちょうど中間地点となる理想的な立地に目をつけ、ここにあった不動産を買い取ったのが始まりだ。その後、4人の大司教がノールを代々受け継ぎ、それぞれが手を加えていった。しかし1538年、ヘンリー8世に「譲ってほしい」とねだられたことにより、屋敷は王室所有となってしまう。そしてエリザベス1世の治世に、英王室の開祖・ウィリアム1世(征服王)とともにイングランドへ移住してきた由緒ある名門貴族、サックヴィル家の当主、トーマス・サックヴィルへと受け継がれることになる。トーマスはエリザベス1世のはとこにあたり、後に初代ドーセット伯爵(のちに公爵)の称号を授かる重臣であった。

以後400年以上に渡って、サックヴィルの直系一族が住んできたが、なかでもこの大邸宅を深く愛したことで有名なのが、名園と名高いシシングハースト・ガーデンの創設者で女流詩人、ヴィータ・サックヴィル=ウェストだろう。サックヴィル家は「爵位と資産は父方の正式な男子の子孫にのみ継承が許される」という相続条件を定めていた。1892年に第3代サックヴィル男爵の一人娘として生まれ、ノールに尋常ではない愛情を抱いていたヴィータは、女性であるという理由だけで跡を継げないことに深い悲しみと強い不満を抱き、その遺恨は生涯彼女を苦しめた。ノールは父の弟である叔父に相続されたが、ヴィータの心の傷は癒えることなく、代わりに嫁ぎ先のシシングハースト城で並々ならぬ情熱をガーデンへ注いでいったのである。
 ロンドン中心部から車で約1時間半、電車なら30分(最寄り駅からタクシーで8分)という近さにあるノール。「出かけたい場所」のリストに加えてみてはいかがだろうか。

The Great Staircase/大階段

ハッと息を呑むような美しいルネサンス様式の大階段は、エリザベス1世からノールを譲られた重臣トーマス・サックヴィルが、1605~08年にかけて力を入れて改装した。柱や壁、窓などに、「サックヴィル・レオパード」と呼ばれるヒョウが飾られている。

The Brown Gallery/ブラウン・ギャラリー

ノール内で最も古い部分。長い年月により、壁や天井がゆがんでいるのがわかる。トーマス・サックヴィルが描かせた、16~17世紀前半のイングランド国王や女王、その側近たちの肖像画がずらりと並ぶ。当時はこうした「Who's Who」の絵画ギャラリーをつくるのが流行っていた。

The Spangle Bedroom/輝きの寝室

© National Trust Images/Andreas von Einsiedel

ノールで最も古いベッドで、1620年代に制作されたもの。跡取り息子を出産するという輝かしい「大仕事」を成し遂げた第3代ドーセット伯爵夫人が、身体を休めるために使った。18世紀半ば以降、この部屋に置かれたまま移動していない。

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The Ballroom/舞踏室

壁上部のフリーズ彫刻や天井のしっくい細工が見事なボール・ルーム。舞踏室と名付けられているが、もともとはダイニング・ルームとして使われていたという。壁に飾られている肖像画は、サックヴィル家の当主夫妻たち。

ヴァージニア・ウルフが執筆した
ノールを舞台にした奇妙な伝記風小説「オーランドー」

小説「オーランドー(Orlando)」(1928年)は、英国の20世紀モダニズムを代表する女性作家、ヴァージニア・ウルフ(写真右上)の作品。若くて美しい青年貴族オーランドーが、エリザベス1世の時代から3世紀にも渡って、年を取らないまま生き続け、しかも途中からなぜか突然、女性に性別が変わってしまうという奇妙な物語だ。

非現実的な展開が伝記風に語られているのだが、一方では、主人公が詩人であったり、緑に囲まれた大邸宅に住んでいたり、女性になったために邸宅の相続権を失い、愛する屋敷から追い出されてしまったり…と、サックヴィル家出身の女流詩人、ヴィータ・サックヴィル=ウェスト(同左上)を連想させる要素を数多く含んでいる。

ヴァージニアは、1905年から第2次世界大戦頃まで英国で活動していた芸術家及び学者の集団「ブルームズベリー・グループ」を通して、ヴィータと知り合った。ブルームズベリー・グループは性に関して進歩的な考えを奨励しており、ヴァージニアとヴィータもお互いに夫がいたものの、恋愛関係にあった。関係を解消した後も、1941年にヴァージニアが自宅近くの川で自ら命を絶つまで2人の友情は続いている。

「オーランドー」の結末はヴィータが直面した現実とは異なり、主人公は過去に失った邸宅を裁判で取り戻して、焦がれた我が家に戻っている。男性でなかったばかりに貴族社会の決め事に阻まれ、ノールを受け継ぐ権利を奪われたヴィータのために、ヴァージニアはせめて小説の中だけでも彼女の夢を叶えようとしたのだろう。

「オーランドー」は1992年に映画化されており、中性的な魅力溢れる女優ティルダ・スウィントンがオーランドーを男女ともに演じている。

ちなみに、英俳優オーランド・ブルームは、この小説の大ファンだった母親によって「オーランド」と名前付けられたことを告白している。

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Travel Information ※2022年8月16日現在

Knole ノール
Sevenoaks, Kent, TN15 0RP
Tel: 01732 462100
www.nationaltrust.org.uk/knole
開館時間
10月31日まで
ガーデン 11:00~16:00(火曜のみ)
ハウス 12:00~16:00(月曜休み)
入場料
£15
アクセス
車ならM25で南下し、A21を経て所要約1時間30分。電車ならセブンオークス(Sevenoaks)駅からタクシーで8分ほど。


週刊ジャーニー No.1252(2022年8月18日)掲載