ワデズドン・マナー
© The National Trust, Waddesdon Manor

■19~20世紀初頭、大英帝国が世界にその支配力を誇示していた時代、ヨーロッパ屈指の金融一族「ロスチャイルド家」も栄華の頂点を極めていた。「ロスチャイルド様式(le gout Rothschild)」と呼ばれる、贅を尽くした豪華絢爛な一族の屋敷がヨーロッパ中に建造され、各所で夜ごと賑やかなパーティーが開かれた。今回は、英国にある彼らの邸宅のひとつを紹介したい。

●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部

18世紀にドイツ・フランクフルトのユダヤ人居住区で貨幣商を始めた、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドを祖とする金融一族、ロスチャイルド家。マイヤー・アムシェルの5人の息子たちは、フランクフルト、ウィーン、ロンドン、ナポリ、パリでそれぞれ金融業を発展させ、ユダヤ人として初めて5兄弟全員がオーストリア皇帝から男爵位を授与されている。現在はロンドンとパリを中心に、プライベート・バンキング、保険、不動産、ワイン、レジャー、観光などのビジネスを展開し、世界中に影響力を持つ一族として知られる。

ワデズドン・マナーは、アート収集が趣味であったウィーン分家出身のフェルディナンド・ロスチャイルドが1883年、数々の自慢のコレクションを披露するために構えた「週末用の屋敷(weekend residence)」だ。バッキンガムシャーにある小さな村ワデズドンの丘一帯を、当時所有していたマールバラ公爵より買い上げ、フェルディナンド好みの華やかで装飾的な16世紀フランス・ルネサンス様式のシャトーを造らせた。外観のモデルはフランス・ロワール峡谷に建つシャンボール城(世界遺産)で、内装はロココ調と呼ばれる壮麗な18世紀のフランス様式で覆い尽くされている。壁のほとんどは、1860年代に取り壊されたパリの格式ある屋敷からの移築である。

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豪邸内に飾られた家具や美術品は、並外れた財力を雄弁に物語っている。フランスのルイ14世が発注したカーペットから始まり、ルイ15世が愛したセーブル磁器、マリー・アントワネットが使用していた書斎テーブル、ペルシャ王を感激させたというフランス職人が制作したオルゴール時計など、フランスを中心とした豪華なコレクションに溜息をもらさずにはいられない。

ウィーン分家出身でパリ生まれのフェルディナンドが英国に渡ったのは、ロンドン分家出身の母親の実家を訪れたとき、彼女の姪であり、自身のハトコにあたるエヴェリーナと恋に落ちたことがきっかけだった。1865年、26歳で同い歳のエヴェリーナとロンドンで結婚。やがて彼女は妊娠するも、難産の果てに母子ともに逝去してしまう。1年半という短い結婚生活だったが、彼はその後もロンドンに留まり、血族婚を繰り返す名家の嫡男でありながら再婚はしなかった。代わりに胸に抱えた大きな喪失感を埋めるため、アート収集に没頭していったのである。

フェルディナンドは1898年、自身の59歳の誕生日に屋敷内の一室でひっそりと息を引き取ったが、死に際し、「孤独だ。たとえ金、銀、大理石に囲まれた生活をしていても苦しい」と友人へ書き送っている。元来病弱であった彼は、パーティーに招待したゲストたちが料理に舌鼓を打っている間でも、薬のビンに囲まれ、水と冷えたトースト以外は食さず、ワインも「毒」であるとして一滴も口にしなかったという。

ロスチャイルド男爵家がその全盛期にヨーロッパ中に保有していた40以上もの邸宅のうちの多くは、相続人不在などで取り壊されてしまっている。そんな中、ワデズドン・マナーは当時の栄華をありのままに伝え、我々を華麗なるロスチャイルドの世界へと誘ってくれる貴重な場所である。つかの間の非日常体験の場所に、ワデズドン・マナーを選んでみるのはいかがだろうか。


The Red Drawing Room/赤の談話室

深紅の壁紙で覆われた応接間。ダイニング・ルームでの晩餐の準備が整うまでの間、パーティーに招待されたゲストたちはこの部屋で談話を楽しんだ。ヴィクトリア女王、エドワード7世と愛人、チャーチル元首相、フランス人作家のモーパッサンらが訪れている。

The Dining Room/ダイニング・ルーム

赤の談話室から続くダイニング・ルーム。鏡を多用し、「ミニ・ヴェルサイユ宮殿」として造られた。ダイニング・テーブルには24脚のイスが設えられており、これはフェルディナンドが開いていた当時のパーティーのままという。

The Smoking Room/喫煙室

ワデズドン・マナーの東側に建つ男性専用棟「バチェラーズ・ウイング」内にあるスモーキング・ルーム。食後に男性陣が集い、葉巻やタバコをくゆらせながらカードゲームや談話を楽しんだ。この部屋の向かいにはビリヤード・ルームもある。

The Grey Drawing Room/グレーの談話室

食後に女性陣が集い、カードゲームや音楽、談話などを楽しんでいた応接間。男性たちは喫煙室やビリヤード・ルームで紳士同士の社交を終えた後、待っている連れの女性たちとこの部屋で合流した。

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「ワイン財閥」としてのロスチャイルド家

© ack ma

ビジネスチャンスを感じ取り、素早く先行投資していくロスチャイルド家の商法の中でも異彩を放つのが、ワイン・ビジネス。現在、フランス・ボルドー産の赤ワインで第1級の格付け(プルミエ・クリュ)を得ているワインは5銘柄で、ラフィット/マルゴー/ラトゥール/オー・ブリオン/ムートンとなっている。

そのうちの2銘柄、「ラフィット(Château Lafite Rothschild)」(①)はロスチャイルドのパリ分家、「ムートン(Château Mouton Rothschild)」(②)はロンドン分家の所有で、なんと5つのうち2つの銘柄のオーナーがロスチャイルド家である。

実は、これも同家の政治的手腕の賜物。1855年に行われた格付けの時点では、ロンドン分家所有のムートンは2級とされていた。しかし、お隣のパリ分家が1級と格付けされていたラフィットのブドウ園を購入したことにライバル心を燃やし、ムートンの格付けを上げてもらうべく品質改良、ラベル変更などに着手。さらに当然のごとく、ワイン業界への政治的働きかけも大々的に行った。これによって1973年、異例の格付け改定によりムートンが1級に昇格、現在の5大銘柄となったのである。ロスチャイルド家の「力」を如実に物語る出来事と言えよう。

ワデズドン・マナーの地下にはワインセラーがあり、見学することができる(別入口なので見逃さないように注意)。その年にできたロスチャイルド・ワインを初めて空けるときは、ワインセラーに付随するこの部屋に一族が集まり、テイスティングを行うという。

ワデズドン・マナーにはワイン・ショップもあり、ロスチャイルド・ワイン各種を購入することも可能。1万5000本ものボトルを貯蔵しており、通常のワイン・ショップではなかなか見かけないロスチャイルド銘柄を手に入れることができる貴重な機会。フェルディナンドの時代のヴィンテージもののほか、お土産として手頃な価格のワインもある。

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Kyo Service
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ジャパンサービス
らいすワインショップ
Atelier Theory
奈美デンタルクリニック
Sakura Dental

Travel Information ※2022年8月9日現在

Waddesdon Manor ワデズドン・マナー
Near Aylesbury, Buckinghamsihre HP18 0JHB
Tel: 01296 820414
https://waddesdon.org.uk
開館時間
10月30日まで(月・火曜休み)
ガーデン 10:00~17:00
ハウス 11:00~16:00
入場料
£25.20
アクセス
【自動車】M25のジャンクション20で下り、Aylesbury方面に走り、A41に突き当たったら左折、Waddesdon Villageへ。左手にナショナル・トラストのマークが描かれたWaddesdon Manorの標識が見えてくる。所要約1時間半。
【電車】Aylesburyまで1時間、さらにローカルバスで1時間ほど。


週刊ジャーニー No.1252(2022年8月11日)掲載