
■ エリザベス1世が最も信頼していた側近のひとり、ウィリアム・セシルの邸宅として16世紀に建てられたバーリーハウス。豪華絢爛な内装、壮大な庭園は『貴族の館の象徴』として、数々の映画撮影も行われている。今号では、彼の子孫のエクセター侯爵一家が暮らす同邸宅を紹介したい。
●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部

エリザベス1世が「私の可愛い妖精」「私の魂」と呼んで頼りにした側近中の側近、ウィリアム・セシルは1520年、リンカンシャーに生まれた。父親はヘンリー8世の皇太子時代から衣装担当として王宮に仕え、即位式にも列席した人物だった。
エリザベスの異母姉であるメアリー1世の治世に「ナイト」の称号を与えられ、やがて政治家として頭角を現したウィリアムは、宗教問題や王位継承権をめぐり、強い確執をメアリーとの間に抱いていたエリザベスを王女時代から支えた。1558年にエリザベス1世が即位すると、すぐに国務長官(Secretary of State)に任命され、72年には大蔵大臣(Lord High Treasurer)となり、英国の財政を司る立場となる。1588年にスペイン無敵艦隊を撃滅し、イングランドに黄金時代をもたらしたのも、彼の活躍によるものと言われている。有力な補佐役として死ぬまで40年近くもエリザベス1世に仕え、ウィリアムが寝たきりになった晩年、エリザベスは妻のように世話をし、ついに息を引き取った時には声をあげて泣きじゃくったという。
そんなウィリアムが政界からの引退を前にエリザベスから授かった邸宅が、このバーリーハウスだ。以降、ウィリアムと先妻の子で、現在のエクセター侯爵家の祖にあたる長男トーマス・セシルの一家が今も屋敷を引き継いでいる(後妻の子で、現在のソールズベリー侯爵家の祖である次男のロバート・セシルは、
を本拠としている)。バーリーハウスが現在の姿になったのは、17~18世紀のこと。5代目当主夫妻は、美しいものと旅行への情熱を生涯絶やさず、イタリア、フランスなどへ旅行しては絵画、タペストリー、彫刻、家具、オブジェなどを大量に持ち帰った。また美術品のみならず、画家や彫師、織師といった職人たちをも従えて帰国し、バーリーハウスの一大改装に着手。この改装には王室級の莫大な費用がかけられ、2人の死後30年近くは貧窮を迫られるほどの借金が残ることになる。一説では、薪を買う資金さえ捻出できず、長い冬の間も火の消えた暖炉の前で一家は過ごしていたという。
さらに、9代目当主も絵画やタペストリー、陶磁器などをヨーロッパ諸国や東洋から買い集め、一流の職人を雇い、5代目当主の時代に未完成に終わっていた室内装飾を完成させている。
こうして2度にわたる大改装が行われたため、残念ながらウィリアム・セシルの時代の面影はほとんどない。しかし、絢爛たる家具や調度品、きらびやかな金の額縁に納められた数え切れないほどの絵画、天井や扉枠に施された繊細な彫刻などは、まさに「美の宝庫」であり、一見の価値がある。とくに、バウ・ルームやヘブン・ルーム、地獄の階段に見られるような、壁から天井にかけて室内一面に描かれた色鮮やかな壁画は、息をのむような大迫力だ。
セシル家の一族に愛され、430年もの長きにわたり、大切に受け継がれているバーリーハウス。ウィリアム・セシル自身は、この館で過ごすことはほとんどなかったというが、77年の生涯を閉じた後は同邸宅に隣接するセント・マーティンズ教会で眠りにつき、館と子孫たちを見守っている。
Heaven Room/天国の間(ヘブン・ルーム)

壁から天井にかけて一面に描かれた壁画は、息をのむ迫力。その名の通り、天上で暮らすギリシャ神話の神々たちの華やかな生活が描かれている。部屋の中央に置かれた銀製の器はワインクーラー。ワイン片手に、晩餐の後はここで談笑していたのだろう。
Hell Staircase/地獄の階段

ヘブン・ルームから続くのは、対になった「地獄の階段」。人々が地獄へと連れて行かれる様子が描かれており、天井の中央には骸骨の姿をした死神がいる。壁画を描いた画家アントニオ・ヴェリッオはハンプトンコート宮殿、チャッツワース、ウィンザー城なども手がけた。
Third George Room/第3のジョージ・ルーム

第1~4まで4室連なるジョージ・ルームは、ヴィクトリア女王とアルバート公夫妻がバーリーハウスを訪れたときに宿泊した部屋。イタリアの美術品や家具で統一され、壁画やオークパネルではなく、屋敷内では珍しく壁紙が使われているのも特徴。
「天国」と「地獄」は映える!
映画ロケ地としてのバーリーハウス
保存状態の良さと絢爛豪華さからロケ地として使用されることも多く、とくにヘブン・ルームと地獄の階段はよく登場する。下記以外にも、今年11月に公開予定のバットマンが登場する最新映画「ザ・フラッシュ(The Flash)」の撮影も行われたばかり。

米作家、ダン・ブラウンの大ベストセラー小説「ダ・ヴィンチ・コード」シリーズ第1弾を映画化。殺人の容疑者として司法警察に追われるラングドン(トム・ハンクス)らが逃げ込んだ、英宗教学者(イアン・マッケラン)の屋敷として外観が使われたほか、ローマ教皇の離宮の一部としてヘブン・ルームと地獄の階段が使用された。そのほか、ソフィー(オドレイ・トトゥ)が幼少時代を回想するシーンも、バーリーハウスの敷地内で撮影されている。

英女流作家、ジェーン・オースティンの代表作を映画化。同映画では、英国にある様々な邸宅が撮影に使われているが、主人公エリザベス(キーラ・ナイトレイ)が、ダーシー氏の叔母キャサリン夫人の暮らすロージング邸に招待されたシーンでバーリーハウスが登場。キャサリン夫人やダーシー氏らと食事をするシーンにはバウ・ルーム、キャサリン夫人と対面するシーンやエリザベスがピアノの演奏を披露するシーンにはヘブン・ルームが使われている。

政治情勢や家族をめぐる問題に向き合いながら、苦悩と葛藤の中で国を治めるエリザベス女王の姿を描いた同作。シーズン3とシーズン4では、ウィンザー城としてバーリーハウスが登場している。ダイアナ妃がチャールズ皇太子に婚約指輪をもらう幸せなシーンなどは、ヘブン・ルームで撮影された。
Travel Information ※2022年8月2日現在


Burghley House バーリーハウス
Stamford, Lincolnshire PE9 3JY
Tel: 01780 752 451
www.burghley.co.uk
開館時間
10月30日まで
10:30~16:30(金曜休み)
※ガーデンは17:00まで
入場料
£25
アクセス
〈電車〉スタンフォード駅からタクシーで10分
〈自動車〉ロンドンからA1(M)を北上。スタンフォードの手前で右折してB1081に入り、さらに右折しB1443を進むと右手に入口が見えてくる。スタンフォードに近づくと、「Burghley House」の看板が現れるのでわかりやすい。所要約2時間。
週刊ジャーニー No.1251(2022年8月4日)掲載