
■ 力強い香りと美しい色を誇り、様々な薬効にもすぐれた「ハーブの女王」「香りの女王」と呼ばれるラベンダー。その鮮やかな紫色と豊かな芳香が一面に広がるラベンダー畑が、ロンドンから北へ車で1時間半ほど走った場所にある。今号では、今ちょうど満開の花を開かせているヒッチン・ラベンダーをご紹介しよう。
●征くシリーズ●取材・執筆・写真/ネイサン弘子・本誌編集部
真っ青な空を背景にどこまでも続くラベンダー畑といえば、南フランスのプロヴァンス地方を思いうかべる読者も多いだろう。だが実は、イングランドはフランスに並ぶ、ラベンダーの一大産地であることは、存外知られていない。
小ぢんまりとした市場の街だったヒッチンは、イングランドを代表するラベンダーの産地として、16世紀よりラベンダーの栽培が盛んに行われていた土地であった。ところが20世紀に入ると、生産コストの高騰に加え、量産されるブランド価値の高いフランス産ラベンダーの勢いに押され、ヒッチンにおけるラベンダー栽培は衰退の一途を辿ることになる。
失われたラベンダー畑の景色をこの地に復活させたのは、この地で5世代、100年以上に渡り農場を経営してきた「カドウェル・ファーム(Cadwell Farm)」だ。花から採れるエッセンシャル・オイルの採取を目的に、彼らがラベンダーの栽培をはじめたのは2000年のこと。その美しさは地元住民の間で瞬く間に話題となり、見物客が訪れるようになった。その結果、一般公開することで観光客を呼び、雇用にもつながるなど、地域の活性化事業としての期待の高まりに応え、2009年より夏季シーズンに「ヒッチン・ラベンダー」として、公開されるに至っている。
25エーカーの緩やかな丘に、全長25マイル(約40キロメートル)に及ぶラベンダーの株が、美しいラインを描いて並び、その紫の帯はまるで空までも続くよう…。そして、ここでは香りや風景を満喫できるだけなく、「ラベンダー摘み」も体験できるのが大きな特徴だ。ラベンダー畑の『ふもと』にある小屋風の建物でピッキング用の紙袋を受け取ったら、いざ、ラベンダー咲き乱れるフィールドへ!なだらかな斜面に畑が広がるヒッチン・ラベンダーは、「ふもとから見上げる景色」と、「頂上部から見下ろす景色」という、ふたつの異なった眺めを楽しめるのが最大の魅力。ふもとからラベンダーの株の間に足を踏み入れ、緩やかな斜面を、ラベンダーを摘みながらゆっくりと上って行く。蜜を求める蜂が人間には無関心な様子で飛び回っている(余計な刺激は与えないようにしよう)。足下の満開のラベンダーを夢中で摘みながらも、ふと顔を上げると、どこまでも続く緑色の田園風景の上に、紫色の巨大なスカーフを広げたような光景が目に入り、思わず息を呑む。
丘の頂上にはベンチが設置された芝生の広場があり、家族連れがラベンダー畑を見下ろしながら楽しそうにピクニックの食事を広げていた。お弁当を準備してここでピクニックとしゃれこむもよし、手ぶらで来て17世紀の納屋を改装したカフェで食事をするもよし。カフェでは、軽食のほか、ラベンダーの風味を生かしたケーキやアイスクリームなども味わえる。
また、オリジナルのラベンダー商品やラベンダーの植木が並ぶショップも併設されている。ちなみに筆者は、帰りにラベンダー風味のチョコレートなどの特製品を購入した。なお、ラベンダー畑には日陰がほぼないので、晴れた日には帽子を被るのを忘れないようにしたい。
ロンドンから日帰りで行ける、豊かな芳香に包まれた紫色の夢の世界。近年、ラベンダー畑の隣にはヒマワリも栽培されており、8月になるとラベンダーの紫色とヒマワリの黄色の鮮明なコントラストが来場者の目を楽しませている。
今がちょうど見ごろのヒッチン・ラベンダー、今週末にでも気軽に出かけてみてはいかがだろうか。

風景と香りだけじゃない!「ラベンダー摘み」も楽しめるヒッチンラベンダー

ラベンダーピッキングは、紙袋1袋につき3ポンド。ハサミは今年から各自持参となっている。王道である紫色のラベンダーのほか、清純な雰囲気の漂う珍しいホワイト・ラベンダーもあり、あっという間に紙袋がいっぱいに…。欲張りな人は、追加の紙袋を購入することも可能だ。
ラベンダーのほかに、所々に咲く摘み取りが許可されている野の花も手折り、大満足で帰宅した後、束にして屋内にぶら下げてドライ・フラワーに。紙袋2袋のラベンダーで、6束ものドライフラワーが完成! それらの束は夏中、かぐわしい香りを放ち続けていた。それ以来、ラベンダーの香りをふと感じるたびに、ヒッチンのラベンダー畑の風景を思い出すようになった。「またあの景色を見に行こう」と、次回の訪問に想いを馳せている。

花が咲いたら、剪定を兼ねて必ず摘んだ方がいいと言われるラベンダー。心置きなく摘みとってしまおう。

紫ラベンダーを存分に堪能した後は、白い花が可憐なホワイト・ラベンダー畑へ。紫のものよりもフレッシュで軽い、フローラルな香り。
Travel Information ※2022年7月26日現在

Hitchin Lavender
Cadwell Farm Ickleford, Hitchin, Herts, SG5 3UA
Tel: 01462 434343
www.hitchinlavender.com
開園時間
9:00~20:00 ※要事前予約
料 金
大人: £7.50
アクセス
〈車〉ロンドン中心部より約1時間30分。A1(M)またはM1を北上することになるが、A1(M)を使ったほうが高速道路を下りてからの距離が短い。A1(M)使用の場合、カーナビではジャンクション9で下りるように指示される可能性が高いが、10で下りたほうが距離的には少し遠回りになるものの、細い曲がりくねった田舎道を走らずに済むので運転しやすい。
〈電車〉Letchworth Garden Cityからバス53番でIcknield Way Cemetery下車、徒歩20分。
週刊ジャーニー No.1250(2022年7月28日)掲載