
いかにも英国的な景観や、歴史的建造物が今なお存在感を放つ一方で、ブランド店から個性的なセレクト・ショップまで揃い、また、レストランやカフェも充実。予算と気分に合わせて居心地の良い時間が過ごせる―。そんなロンドン南西部の街、リッチモンドの魅力に触れてみることにしたい。
●征くシリーズ●取材・執筆/名越 美千代・本誌編集部
住民の満足度や生活の質が高く、英国で最も幸せに暮らせる理想的な場所のひとつとされる街、リッチモンド。ロンドン中心部のハイドパーク・コーナーからの距離はわずか13キロというこのエリアが『ハイソな街』に育った背景には、900年も昔から英王室と深い係わりを持ってきた歴史がある。
1125年にヘンリー1世が居を構えたのが始まりで、その後も中世の歴代の王たちがこの地を好み、1358年から1370年にかけてエドワード3世が、そして1414年にはヘンリー5世が、それぞれ宮殿を建てている。そのうちのひとつは1497年に焼失してしまったものの、ヘンリー7世が1501年に再建。新しい宮殿はヘンリー7世が北ヨークシャーに所有していた伯爵領の名にちなんで「リッチモンド・パレス」と名づけられ、同時に周辺の村もリッチモンドと呼ばれるようになった。
ヘンリー8世がクリスマスを過ごしたり、メアリー1世がハネムーンに訪れたり、エリザベス1世が好んで過ごしたりと、チューダー朝の歴代君主のお気に入りとして『定着』。1637年に、チャールズ1世がリッチモンド・パークを王室の狩猟場として囲い込んだ。こうして王室に愛されてきたリッチモンドだったが、清教徒革命とイングランド内戦により、状況が一変する。1649年にはチャールズ1世が処刑されて高貴な人々は追い払われてしまい、1660年にチャールズ2世が即位して王政復古がなった時には、リッチモンド・パレスは既に解体の憂き目にあっていた。
その後、王室の関心が再びリッチモンドに戻ってくるのは18世紀初頭になってからだが、王室以上にこの地の再発展に寄与したのが、ここに集まるようになったロンドンの貴族や富裕層、文芸家・知識人たち。やがて洗練された雰囲気を漂わせるショップやカフェも軒をつらねる、高級住宅街という定評を得るに至ったのだった。今号では、このリッチモンドの魅力を探るヒントをいくつかご紹介したい。
リッチモンドを歩いて楽しむ!~お気に入りのルートを探す~
リッチモンドには、ショッピング、ランチやアフタヌーンティー(本誌14・15ページ、またはこちらをご参照ください)のみを目的に出かけるのも良いが、その前後に1~2時間のウォーキングを組み込んではいかがだろう。例えば、「その1」のルートを歩くのに、午前10時に出発。正午ごろにピータシャム・ナーサリーズ・カフェのランチを予約すれば、手ごろな運動の後、食事もさらに美味しく感じられるはず。また、ここにあげたルートの一部だけを歩いても十分リフレッシュできること、請け合い!


目抜き通りのジョージ・ストリート、およびキング・ストリートから、リッチモンド・グリーンへと抜ける3本の小道(地図上A、B、C)の両脇には、しゃれたカフェや各種専門店、こだわりのセレクト・ショップなどが並ぶ。そぞろ歩きするのに最適。
A:Brewers Lane, B:Golden Court, C:Paved Court
その1
キュー・ブリッジ(Kew Bridge)~ピータシャム・ナーサリーズ・カフェ(Petersham Nurseries Café)

【所要時間】約2時間(片道)
【距離】約7キロ(片道)
【道の状態】一部未舗装。雨の後はぬかるむ。また、歩行者専用ではないため、サイクリストにも注意を。
※出発地点の最寄り駅はキュー・ブリッジ駅で、ロンドン・ウォータールー(London Waterloo)駅から電車で約30分。バス(65番、110番、237番、267番)のバス停もあり。
まずは、キュー・ブリッジのテムズ河北岸にある、キュー・ブリッジ駅①から出発。キュー・ブリッジ(Kew Bridge)を渡って南岸のキュー・グリーン(Kew Green)側②へ。現在の同橋はエドワード朝時代の1903年に、交通量の増加に対応すべく架けなおされたもの。歩道が広くとられているため、ベビーカーでも通りやすく、立ち止まって橋からの眺めを楽しんだり、写真を撮ったりしやすい。右手には木が生い茂るテムズ河の中洲が、左側対岸にはウェストミンスターからハンプトン・コートまでをつなぐボートなどが発着する乗船場、キュー・ピア(Kew Pier)が見える。

橋の南西に広がるキュー・グリーンへ入る。そのまま進めば王立植物園「キュー・ガーデン(Kew Gardens)」のエリザベス・ゲートだが、その手前のフェリー・レーン(Ferry Lane)で右に曲がり、テムズ河沿いの遊歩道、テムズ・パス(Thames Path)へと進む③。そこからは、きわめてシンプル。このパス沿いにリッチモンド(上流にある)へ向かえばOK。

キュー・ガーデンの駐車場とブレントフォード・ゲート④を左手に見ながら通り越し、外からキュー・ガーデンを眺める格好で河沿いを歩く。この辺りの道は舗装されていないので、雨が降った後はぬかるむ。底が厚めの靴をおすすめしたい。また、サイクリングやジョギングを楽しむ人も多いので、前後には気を配ろう。

キュー・ガーデン以降も美しい眺めが続く。右手対岸にはサイオン・ハウス(Syon House⑤)のあるサイオン・パーク(Syon Park)や、左手に広がるオールド・ディア・パーク(Old Deer Park⑥)など。リッチモンド・ロック(Richmond Lock)を過ぎ、3つのアーチからなるトゥイッケナム・ブリッジ(Twickenham Bridge⑦)、電車用の鉄橋が出てきたら、リッチモンドはもうすぐそこだ。なお、リッチモンド・ロックに併設されている歩行者用の通路は、欄干のデザインが美しい。寄り道する価値あり。
リッチモンド・ブリッジ(Richmond Bridge⑧)を過ぎて、舗装された遊歩道を進むと、バクレウチ・ガーデン(Buccleuch Gardens)に出る。ここにはベンチや公衆トイレがあり、河沿いに草地も広がっているので、ちょっと座って休憩するのに便利だ。そして、さらにピータシャム・メドウ(Petersham Meadows⑨)に入ったら、草を食む牛を眺めながらメドウを突っ切り、ピータシャム・ナーサリーズ(Petersham Nurseries Café⑩)へと向かおう。
その2
リッチモンド駅 ~ハム・ハウス(Ham House)
【所要時間】約1時間(片道)
【距離】約3.2キロ(片道)
【道の状態】一部未舗装。雨の後はぬかるむ。また、歩行者専用ではないため、サイクリストにも注意を。
※出発地点のリッチモンド駅は、地下鉄ディストリクト・ライン、およびナショナル・レール(ロンドン・ウォータールー駅から16~25分)の両方が乗り入れているので便利。
※リッチモンドの駐車事情はお世辞にも良いとはいえず、しかも、平日の朝夕の混雑ぶり、週末の夕刻の渋滞もひどい。編集部としては地下鉄またはナショナル・レールの利用をお薦めしたい。それでも車で、と希望される場合は、リッチモンド・カウンシルのウェブサイトで駐車情報を調べたうえでお出かけを。www.richmond.gov.uk
リッチモンド駅⑪に着いたら、まずは左方向に出て、ブティックやしゃれたカフェが立ち並ぶ目抜き通り(The Quadrant→George St)を進む。石畳のウォーター・レーン(Water Lane)を下ると、テムズ・パスに出ることができる。目の前にはテムズ河が横たわり、リッチモンド・セントヘレナ・ピア(Richmond St. Helena Pier)が見える。
ここから河の上流に向かってテムズ・パスを進めばすぐにリッチモンド・ブリッジ⑧に到達。この辺りのテムズ・パス沿いにはベンチ(争奪の競争率は激しいが…)が並ぶほか、カフェ、レストランなどが充実しているので、対岸の景色やテムズに浮かぶボートを眺めたり、休憩したりする場所には事欠かない。
バクレウチ・ガーデンを越えて、河沿いに広がる牧草地、ピータシャム・メドウ⑨に入る。ここからさらに上流のハム・ハウス(Ham House⑫)方面へ。ここからの道は再び未舗装の道となるので足元には注意が必要だが、うっそうとした木立が続き、木漏れ日が心地よい。左手にハム・ハウスへの道しるべが記された小道が現われるはずなので、それを見逃さないようにハム・ハウスへ向かう

帰りは、ピータシャム・メドウの途中から別ルートをとるのも一案。ピータシャム・ロード(Petersham Rd)から枝分かれしているスター&ガーター・ヒル(Star & Garter Hill⑬)をあがり、高台を走る通り、リッチモンド・ヒル(Richmond Hill)へ。このリッチモンド・ヒル沿いには、平行してテラス・フィールド(Terrace Field⑭)やテラス・ガーデン(Terrace Gardens)と呼ばれる憩いのスペースが設けられている。テラス・フィールドからテムズ河を見下ろす眺めのすばらしさは特筆に値する。
ヘンリー8世マウンド King Henry VIII Mound

ペンブルック・ロッジ⑮のそばにある「King Henry VIII Mound」はリッチモンド・ヒルの中で最も高台にある。垣根の中に「穴」が設けられており、望遠鏡(無料!)でのぞくと、遠くにセント・ポール大聖堂のドームが見える。このポイントと同大聖堂を結ぶ10マイル(約16キロ)のルート上に建てられる建造物の高さは厳しく規制されている。
1536年5月19日、ヘンリー8世は、ここで2番目の妻アン・ブリン(エリザベス1世の母)の処刑完了を知らせる「のろし」があがるのを待ったというのが通説。ただ、史実によると同王がこの日、滞在していたのはウィルトシャーで、リッチモンドにはいなかったという。
ハム・ハウス Ham House
1610年にイングランド王・ジェームズ1世の廷臣、トーマス・ヴァヴァサー卿によって建てられた大邸宅で、現在はナショナル・トラストが管理。ジェームズ1世のあとを継いだチャールズ1世から、後者の幼馴染だったウィリアム・マリーが借り受け、内部を豪華に改装した。
イングランド内戦により邸宅は差し押さえられたが、ウィリアムの娘のエリザベスは清教徒革命を賢く乗り切り、ハム・ハウスを取り戻し、さらなる改装を加えた。
17世紀のスタイルを復刻させた英国式庭園を含め、17世紀当時の上流社会の流行を顕著に示す建築物とされ(1630年代に日本から輸出された漆家具も見られる)、キーラ・ナイトレイ主演の『アンナ・カレーニナ(2012)』ほか、様々な映画の撮影にも使われてきた。なお、幽霊にまつわる逸話もあり、ゴースト・ツアーも企画されている。

住所
Ham HouseHam Street, Richmond-upon-Thames, Surrey TW10 7RS
Tel: 020-8940-1950
www.nationaltrust.org.uk/ham-house
入場料
ピーク期で大人13ポンド/ナショナル・トラスト会員は無料、開館時間は時期によって異なる(庭だけが公開され、建物は閉館の時期もあり)。Online Journey 関連記事
週刊ジャーニー No.1240(2022年5月19日)掲載