犯罪組織とも闘うたくましき町



ナポリの地下鉄網はまだまだ発達途上。バスのほうが利用しやすい。バス停に掲げられている、行き先別のリスト=写真右=を確かめ、自分の乗るべきバスの番号を探す。例えば、行き先で「Garibaldi」と入っているバスは「中央駅前広場」を経由する(あるいは終点となる)。なお、バス内ではスリにくれぐれもご注意を。
 さて、実際にナポリを歩き始めた我々は、バイクの多さに改めて驚いた(しかも2人乗りが多い!)。さらに、車の運転スタイルもかなりワイルドだ。バスに乗ってみると、車もバイクも、バスの車体ぎりぎりの所をすりぬけていく。ヒヤリとすることの連続だ。だが、すぐとなりを走る、他のバイクや車に「接触」さえしなければ事故にはならないわけで、すべてのドライバーがそう心がけているからか、はためで心配するほど事故は頻発しないようだ。
 一方、歩道では、いかにも怪しげなブランドもののバッグやサイフが、どう見ても違法と思われる露店で堂々と売られており、売り手たちは客引きに余念がない。そして彼らには眼もくれず、ナポリっ子が足早に歩く。
 筆者の頭に一番に浮かんだのは「混沌」の2文字だった。といっても、イメージとしては肯定的な「混沌」である。たくましさ、あるいは生きようとする意志といってもいいだろう。車道でも歩道でも、カフェでもレストランでも、人々の発する強いエネルギーを感じる。町全体が生命力にあふれているのだ。
 ただ、大通りから少し入ると、あちこちにゴミの山があるのが目に付き、これにはマイナスのイメージを抱いた。しかし、後で聞いたことだが、これは市当局と、マフィアの一種ともされる、ナポリが拠点の都市型犯罪組織カモッラとの闘いの産物という。カモッラは1990年代中ごろからゴミ回収処理業を牛耳って
彼らの息のかかった業者に安く処理をさせ、廃棄物違法投棄などを行ってきた。市当局が新たな埋立地やゴミ焼却施設の建設を打ち出すたびに、ゴミ回収をボイコットしたり、反対運動をあおったりなどしているため、断続的にナポリ中にゴミがあふれる事態を招いているというのだ。取材班がナポリを訪れたのは、2010年終盤からストップしたゴミ収集が再開され、なんとか大通りからはゴミは撤去されたものの、まだ裏通りまでは手が回っていない―そういうタイミングだったと知った。マフィアというと、映画に出てくる話のようだが、市当局と犯罪組織の闘いは現実問題であることをいやが上にも感じさせられた。思わず市当局を応援したくなる。ナポリのイメージアップのため、がんばってほしいものだ。
 やがてナポリ取材の長い1日が終わった。この日の締めくくりとして、取材班が薦められたのが老舗レストランのひとつ「マトッツィMattozzi」。ピザも注文できる店ながら、何かの記念日などにあらたまった食事を楽しむこともできる、万能選手的なレストランだ。世界で一番優秀なウェイターはイタリア人といわれているが、同店のウェイターが立ち働く姿をみていると、その説の正しさを認めないではいられなかった。ひとりひとりの強いプロ意識が、居心地の良さを高めるのに貢献していると思えた。また、肝心の料理についても高得点であったことをご報告しておきたい。特に、ここの魚料理は、見た目こそ素朴な盛り付けだったが、ナポリっ子がいかに海の幸と上手につきあってきたかを、明瞭に証明してみせてくれており、思わず笑みがこぼれた。


プレビシート広場に面して建つ王宮。
ちなみに、広場をはさんで向かいに建つのは
サン・フランチェスコ・ディ・パオラ聖堂。

皇帝がほれこんだ地

 滞在2日目にポンペイとエルコラーノの遺跡を終日かけて見学した取材班は、3日目の朝、フェリー乗り場に赴いた。
 今日の目的地はカプリ島だ。
 朝から雲行きが怪しい…。案の上、フェリーがナポリ港を離れるころには雨が降り始めた。しかし、どうやら雨雲は、ナポリとカプリ島のあいだにのみ横たわっていたらしい。船にゆられること約1時間(片道17ユーロ、支払いは現金のみ)。午前11時すぎにカプリ島に着く頃には、西の空が明るくなり始めていた。
 希望を抱いた取材班だったが、カプリ島に着くなり、一番の目当てである「青の洞窟」へのツアーは、高潮のために本日はすべて欠航であることを知らされた。
 相手は自然だ。こればかりは、どうしようともコントロールできない。
 ここを近い将来訪れる予定の読者の中にも、天候のため、「青の洞窟」をあきらめることになる人は残念ながら少なくはないだろう。しかし、カプリ島は「青の洞窟」抜きにしても行く価値のある場所であることを、我々は取材を通して確信するに至ったことを、先に申し上げておきたい。
 幸いこの日、天気はみるみるうちに回復に向かった。運が悪いのか良いのか、わからない取材班である。まずは島1周のボート・ツアーに参加することにした。
 カプリは、外周約17キロという小さな島だ。大昔には、イタリア本土と陸続きだったと伝えられる。ギリシャ語で「野生のイノシシ」を意味する言葉が語源とも(イノシシの化石も発見されている)、ラテン語で「ヤギの島」を意味する言葉からカプリと呼ばれるようになったともいわれるほか、諸説あり、カプリの本当の意味は確定されていないという。 
 岩だらけのこの島には、自然という名の彫刻家が彫った、見事な景勝ポイントがいくつもあり、1871年にここを訪れたロシアの大作家、ツルゲーネフは「カプリ島はひとつの奇跡だ」「その印象は死の瞬間まで、私の頭を離れることはない」というコメントを残した。このツルゲーネフ以上に、カプリ島に魅せられたといえるのが、ローマ皇帝ティベリウスだろう。同帝は、紀元27年から37年にかけて、カプリに別荘を構えて移住し、ここから帝国統治の号令を発した。合計12もの別荘を同帝はカプリに有していたとされている。
 島めぐりのボート・ツアーについては、ツルゲーネフが「奇跡」と呼んだだけあり、どのツアー客もカメラを構えっぱなしという感じだった。青くきらめく海に、奇岩が映え、青の洞窟とはいかないまでも、神秘的な美しさを漂わせる浸食跡がいくつかボートから見える。
 約1時間の船旅は、皇帝から文豪まで、訪れるものをひきつけずにはいない、カプリ島の磁力を存分に感じさせるものだった。


カプリ島の「青の洞窟」。
入り口は狭く、入るときに乗船客は身体を曲げて小さくなるよう指示される。
高潮の時や、海が荒れている時には進入禁止となる。
© Arnaud Gaillard

3つの要素が奏でるハーモニー

 カプリ島1周のボート・ツアーを終え、ハーバーそばのレストランにて昼食を駆け足で済ませたあと、我々は、カプリ島内にある別の町、アナカプリを目指した。高台にあるアナカプリへは、時間があればケーブルカーかバスでのんびり上っていきたいものだが、取材班は、カプリ島名物といえそうな改造タクシーを利用した。片道20ユーロと決して安くないが、15分ほどの道のりを、「オープントップ」のタクシーで駆けのぼる。これが予想以上に爽快で、アナカプリに向かう途上、眼下にひろがる絶景に何度も感嘆の声をもらしてしまった。
 アナカプリは、「下界」にあるカプリより標高が高い分、気温もやや低い。夏は避暑地の役割も果たすのだろう。また、カプリ島名物のレース、レモンを使った商品を扱う土産物店がならんでいるものの、なぜか、しゃれたリゾートらしい雰囲気の漂う場所だった。さらに、ここからリフト(chairlift)で、カプリ島で最も高いソラーロ山の頂まで上ることも可能。時間切れで、このリフトを試すことができなかった我々は後ろ髪を引かれる思いでアナカプリを後にした。
 復路も改造タクシーを使って、マリーナに戻り、ナポリ行きのフェリーに乗船。ナポリに帰着するや、残る最後の取材ポイントへと我々は急いだ。お目当ての場所の名前は「ダ・ミケーレ(Da Michele)」。1870年創業というピッツェリアの老舗だ。日本人旅行者の間でも人気が高いと聞くだけでなく、弊紙の連載エッセイ『世界食いもの紀行』の書き手である石田ゆうすけ氏に「ぜひ、行ってください!」と推奨された店である。
 ところが、道が入り組んでいるせいかなかなか店が見つからない。道ゆくナポリっ子に尋ねたものの、最初の2人は肩をすくめて「知らない」と、申し訳なさそうに歩き去った。名高い店のはずなのだが…。自信をなくしかけていた時、3人目のナポリっ子からは即答があった。
 「この道を少し行って、左に曲がったところだよ」
 果たして、何の変哲もない店構えの「ダ・ミケーレ」が現れたのだった。同店のかまで職人たちがひたすら焼くのは、マルゲリータとマリナーラ(「船乗り」のピザ。マリナーラと呼ばれるトマトソースにニンニクをプラス)のピザ2種のみ。
 取材班は、一番小さいサイズである「ノーマル」のマルゲリータとマリナーラを注文した。生地はやはり薄いのにモッチリとしており、かむほどに味がでる。また、どちらのピザのトマトソースも、南イタリアの陽光をたっぷりと採りこんで熟したトマトが使われているのだろう、とにかくトマトソースのうま味に奥行きがある。いかにも下町のピッツェリア、という風情で少し落ち着かないかもしれないが、それも愛嬌。実際に同店に行かれる場合は、並ぶのを覚悟でお出かけいただきたい。
 「ダ・ミケーレ」で支払いを済ませ、小道から大通りへと出た。これからホテルに戻って荷物をピックアップし、ナポリ空港へと向かうのだ。強かった日差しが、いつのまにか、夕暮れ独特の優しい光に変わっている。
 取材をひととおり終えてみて、「ナポリを見てから死ね」は、「ナポリとポンペイとカプリ島を見てから死ね」に修正したいと話しながら、我々はナポリっ子の間を歩いた。ピザのマルゲリータの美味しさが、トマトソース、モッツァレラ・チーズ、そしてバジルのコンビネーションから生まれるのと似ているのかもしれない。トマトソース、いや、ナポリというベースがあって、そこにポンペイとカプリ島が見事なアクセントを加える。ナポリだけ、あるいはポンペイだけ、はたまたカプリ島だけを訪れるというのは、あまりに「もったいない」と思えた。現代版「グランド・ツアー」として、ぜひ、3つのポイントを盛り込んだ旅程を組んでみてはいかがだろうか。