2011年11月17日

●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部

 


 

陽光と生命力あふれる
ナポリ&カプリ島を征く

南イタリアきっての大都市、ナポリ。
経済規模ではミラノ、ローマ、トリノに次いで、イタリア内で第4位という。
もっとも、経済は低迷中で、かつての繁栄はなりをひそめ、陰口をきかれることもあるようだ。
しかし、古来から交通の要衝として、そして何よりその恵まれた気候と風光明媚なことで知られてきた。
周辺にポンペイの遺跡や、見どころの多いカプリ島がひかえているのも幸運といえる。
今号では、様々な顔を見せるナポリと、カプリ島についてお届けすることにしたい。


※写真左上から時計回りに:ナポリの下町/ヌオーヴォ城/ヌオーヴォ城のメインの入り口である「凱旋門」に施された彫刻/デッローヴォ城/カプリ島の各所で見られる波の浸食跡/アナカプリに向かう途中からのカプリ島の眺め

 

天からの賜り物を従えた地

 「Vedi Napoli e poi muori!(ナポリを見てから死ね)」
 旅行書などで、ナポリについて書かれる時、あまりにも有名なこの言葉が盛り込まれぬことはまずない。
 産業革命により急速に力をつけた英国の富裕層の子息たちが、18世紀ごろ、見聞を広めるために競ってヨーロッパ大陸へと長期旅行(グランド・ツアー)に出かけることが流行したことから、「グランド・ツアー時代」と呼ばれた時期があった。こうした物見遊山の視察旅行の訪問先として、イタリアは圧倒的な人気を誇っていたのだ。まずはローマやフィレンツェで、イタリアの歴史的遺産の豊かさに圧倒されたはずだが、彼らの口から出た言葉は「ローマを見てから―」でも「フィレンツェを見てから―」でもなかった。北イタリアの都市を経て、さらに南のナポリまで足をのばした者たちがここで得た印象は、それだけ強烈だったようだ。
 冒頭にあげた、ミラノ、ローマ、トリノなど、イタリアの主だった大都市はいずれも内陸にある。それに対して、真っ青な水をたたえる湾に面し、その湾越しにヴェスヴィオ山の優美な姿が眺められるというナポリは、誕生したときに、既に天から特別な贈り物を賜っていたといえる。イタリアでは、歴史的建造物や美術品のコレクションの豊富さ、あるいは町並みの美しさで、ローマやフィレンツェ、ヴェニスなど、ナポリを上回る場所は数多くあれど、歴史に自然的景観を加えた総合点で見ると、他都市にない魅力がつまっているナポリの順位が格段にあがるといえるだろう。1995年、歴史地区が世界遺産に指定されたこの都市が、18世紀ごろ、多くの旅人に衝撃的な感動を与えたのは、紛れもない事実である。
 例えば、1787年にナポリを訪れたゲーテは、ある満月の夜に広場や通りをさまよい、海岸を行ったり来たりして、夢の中にいるような感覚に陥り、それは「見る価値のある夢」だったとその思いを記したという。
 今でこそ経済が停滞し、高い失業率に苦しみ、町並みの保全もままならぬ病んだ都市というイメージが強いものの、少なくとも220年ほど前までは、ヨーロッパでの必見の地のひとつに挙げられていたのだ。現在では「ナポリが死ぬ前に見ておけ」と心ない言葉が投げかけられることもあると聞くが、実際にはどうなのか――。
 取材班の感想を述べる前に、今のナポリを形作った歴史を振り返っておくことにしたいと思う。