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奇才建築家の愛憎がつまった ジョン・ソーン・ミュージアムを征く

■ あまりに高額ゆえに、大英博物館さえ購入を見送った古代エジプト王の石棺を入手し、自宅の地下室に飾った18世紀の建築家、ジョン・ソーン。ホルボーンに今も残る彼の自宅は、4万5000点におよぶオブジェと3万枚のドローイングがひしめきあう「異空間」と化している。今回は、彼が情熱を持ってつくり上げた奇異な博物館を征くことにしたい。

●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部

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ジョン・ソーンの自宅兼ミュージアムは、広々とした緑の公園「リンカーンズ・イン・フィールズ」に面して並ぶテラスハウスの一角にある。その存在を知らなければ気づかずに通り過ぎてしまうほど、入口はさりげない。一方で館内は「部屋」と呼ぶのも憚られる、単なる通路のような狭い空間が入り組み、どこを見ても高い天井ぎりぎりまで隙間なく古代遺物や骨董品が並ぶ。その尋常ではないコレクションの展示密度に対する驚きは、奥へ進むにつれて強まっていく。

ジョン・ソーンは1753年、バークシャーでレンガ工の息子として誕生。15歳でロンドンへ上京し、有名建築家の元で見習いとして働きながら、王立芸術院(ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ)で建築を学んだ。そして、在学中にデザイン・コンペティションで金賞を受賞した際の賞金を使ってイタリアやギリシャへ見聞旅行に出かけ、そこで古代遺跡に魅せられた。

35歳のときに、イングランド銀行の設計という大仕事に着手。その後45年にわたりこの銀行の建設に携わったが、それと同時にロンドンだけでもセント・ジェームズ宮殿、ホワイトホール宮殿、ウェストミンスター宮殿、フリーメイソン・ホールなど、重要な建築物を次々に手がけている。ただ残念なことに、ソーンの作品はほとんどが現存していない。

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1855年に出版された奇人伝「English Eccentrics and Eccentricities(イングランドの奇人と奇行の数々)」にも載った、ジョン・ソーン。

さて、ロンドン中の不動産を牛耳る業界一のやり手、ジョージ・ワイアットの姪と結婚したソーンは、ワイアット亡き後に莫大な遺産を受け取る。大好きな考古学資料や芸術品を購入するのに十分な財力を得たことから、リンカーンズ・イン・フィールズ12番地の住宅を購入。手に入れた美術品を自宅に展示し、さらには隣の13番地も購入してオフィスとして改造、展示スペースも増やしていった。

ソーンがこのように美術品で家を埋め尽くした理由のひとつには、息子たちの存在がある。彼は2人の息子が成長したあかつきには、自分の建築事業を継がせたいと考えていた。素晴らしい芸術作品に囲まれて暮らすことで、息子たちの感性が育まれると信じていたのだ。しかし、父の熱い期待と家中に逃げ場なく置かれた莫大なコレクションは、息子たちにしてみれば息の詰まるような重圧だったのだろう。展示物に興味を持たないばかりでなく、やがて父の目を盗んでそれらを売り飛ばすようになってしまう。精神的に傷ついたソーンはこれ以降、息子たちのことは諦め、自分の教えるロイヤル・アカデミーの学生や住み込みの弟子への教育に力を入れるようになる。妻や長男、愛犬に先立たれた後も、悲しみや寂しさを紛らわすかのように蒐集癖と改装趣味は度合いを増していった。

次男とソーンは折り合いが非常に悪かった。役者志望の次男は過度の飲酒が原因で借金を重ね、2度も債務者監獄に投獄されており、ソーンは「自分が死んだら遺産相続の権利を有する息子はコレクションを散失させてしまうだろう」と考え、1833年に自宅を博物館として登録した。自身の死後は、存命時の状態を保持したまま一般公開することを決めたのである。その4年後、ソーンはこの愛する自宅で83歳にてひっそりと息を引き取っている。それ以来180年以上の間、修理以外の目的で建物が大きく改築されたことも、コレクションが増やされたこともないという。

ソーンの愛憎がつまった渾身の「作品」を見に行ってみては?

The Dining Room/ダイニング・ルーム

「ポンペイ・レッド」と呼ばれる、古代遺跡ポンペイに見られる赤色の壁が特徴的な居間。暖炉の上には、右ページにあるソーンの肖像画が飾られている。ライブラリーも隣に併設。

The Breakfast Room/朝食室

ソーン建築の特徴でもある「ドーム式天井」が施された朝食用の部屋は、ソーンの妻のお気に入りだった。ステンドグラスをはめ込んだ採光窓がドームの頂点に設けられている。スペースが広く見えるようにと建物内には至るところに鏡が設置されているが、この天井にも丸鏡がある。

The Picture Room/絵画室

© Derry Moore

カナレット、ターナー、ホガースらの名画がびっしりと展示されている、ソーンのデザイン力が発揮された部屋。壁は開閉可能で、通常の3倍の作品が収蔵できる。隠されたパネルには「幼い息子たちには刺激が強すぎる」と彼が考えたホガースの連作「放蕩一代記」が飾られている。

The Sepulchral Chamber/埋葬室

地下階はカタコンベ(地下墳墓)のような空間になっており、大英博物館も購入を諦めた古代エジプト王セティ1世の石棺(写真左)が、吹き抜けとなっているドームの真下に鎮座。石棺の設置後、王室メンバーを含む1000人のゲストを迎え、3日3晩パーティーを開いて祝っている。ここには古代ギリシャ・ローマ時代の骨箱(同右)のほか、愛犬の墓や妻と長男の墓碑もある。

Travel Information ※2021年9月20日現在

Sir John Soane's Museum ジョン・ソーン・ミュージアム
13 Lincoln's Inn Fields, London WC2A 3BP
Tel: 020 7405 2107
www.soane.org
開館時間: 水~日曜10:00~17:00
入場無料(事前予約要)
最寄り駅:Holborn
アクセス:ホルボーン駅から徒歩5分。

▲ ミュージアムは、写真中央の白い壁の建物(13番地)。左隣の12番地がもともとの住居で、建物内部で繋がっている。

週刊ジャーニー No.1207(2021年9月23日)掲載