ヒースが生い茂る「嵐が丘」の舞台 ハワースを征く

■ 名作『嵐が丘』『ジェーン・エア』などを残したブロンテ姉妹の故郷、ハワース。急な坂が多い小さな村では強い風が一年中吹き、まわりには果てしないムーア(荒野)が広がっている。今回は姉妹が自由を求めて毎日のように散策し、人気小説の舞台ともなった荒野と、一家が今も眠る村を征くことにしたい。

●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部

イングランド北部ヨークシャーのリーズ近郊にある村、ハワース(Haworth)。四方を荒野に囲まれ、他の町ともいわば隔離されてきたハワースは、小さな店やパブ、カフェ、レストランが並ぶメイン・ストリートがあるのみで、中心まで徒歩15分で到達してしまう小さな村だ。ブロンテ姉妹のおかげで世界中から観光客が訪れるようになったものの、それでも何十年も変わらずにゆっくりと時を刻み続けている。その小さな生活空間と大きな自然が共存する面白さは、文学好きでなくとも魅了されるだろう。

弟のブランウェルによる、ブロンテ姉妹の肖像画。右からシャーロット、エミリー、アン。中央には自分も描いていたが、後に消している。

『ジェーン・エア』の作者シャーロット(1816~55年)、『嵐が丘』の作者エミリー(1818~48年)、『アグネス・グレイ』の作者アン(1820~49年)から成る「ブロンテ姉妹(Brontë sisters)」が暮らしていた牧師館は、村の一番の高台に建つ。当時のハワースは毛織物業を主とする工業地区で、子どもたちは4~5歳から織物仕事を覚えて生計を立てる手伝いをしていた。土壌は痩せ、衛生状態も悪く、村の平均寿命は25~26歳。死と隣り合わせの過酷な暮らしの中で、早くに母親を亡くした姉妹は、いつしか詩や物語を創作して空想世界で羽ばたくことを楽しむようになった。

牧師館が建つ一角は、村の最端でもある。ここから一歩外へ出れば、上の写真からもわかるように初夏でも荒涼とした丘と、一本道がひたすら続く。厳格な牧師である父親の目を逃れ、姉妹が自由に遊んだ「特別な場所」。拾われたジプシーの子どもで下働きをするヒースクリフと、その家の令嬢キャサリンの悲恋と愛憎、そして復讐の物語『嵐が丘』の舞台でもある。

内向的で家族以外の人間を苦手として、友人を一切持たなかったエミリーは、姉妹の中で誰よりも自然を愛し、多くの時間をこの荒野で過ごした。風が音を立てて吹き荒れる様子を表すハワース地方の言葉「wuther」を用いたタイトル『Wuthering Heights(嵐が丘)』からもわかるように、常に強風が吹きすさぶ。耳元で大きく鳴り響くその風音は、生命力の強いものしか生き残れない荒れた自然風景とあいまって、人間の激しい怒りや鬱屈した思い、秘めた熱情を叫んでいるようにも感じられてくるから不思議だ。

ハワース駅が開業したのは、姉妹でもっとも長生きしたシャーロットの死後から12年経った1867年。現在も現役の蒸気機関車が走っている(www.kwvr.co.uk)。

荒野のハイキング・コースは3種類、① 姉妹が遊んだ橋や滝を探索するルート、② ①をさらに進み、『嵐が丘』に登場する廃墟「トップ・ウィジンズ」まで歩くルート、③『嵐が丘』の中でスラッシュクロス邸(キャサリンが嫁いだ邸宅)のモデルとなった「ポンデン・ホール」や、ペニストン・クラッグという断崖のモデル「ポンデン・カーク」を巡るルートがある(下記参照)。

荒野を唯一赤紫色に染めるヒースの花(英語ではヘザーと呼ばれることが多い)の見頃は8月中旬~9月上旬。今夏のステイケーション先として、ブロンテ姉妹の小説の原点である同地を歩いてみるのはいかがだろうか。

おすすめのハイキング・ルートは②。牧師館の裏手から歩いていけるが、初心者は隣村のスタンベリーまで車かバスで行き、まずトップ・ウィジンズ(上記赤丸)、それからブロンテの橋・椅子・滝へと進むのがいいだろう。牧師館からは約4時間、スタンベリーからだと約3時間。天候の悪い日が続くと、道がぬかるみ滑りやすいので注意。一本道なので、分かれ道や要所に立つ標識を確認しながら歩けば迷子になることはないものの、ときどき数人とすれ違う程度であまりひと気がなく、外灯もないので、夕方からのハイキングや女性1人でのウォーキングは避けよう。

❶ Top Withins/トップ・ウィジンズ

ブロンテ姉妹の存命当時は大きな農家だったが、1893年の落雷により半壊。そのまま放置されたため、現在は石造りの壁のみが残る廃墟となっている。この建物がキャサリン一家とヒースクリフが暮らしていた家『嵐が丘』のモデルとなったと言われている。家の前に立つ2本の大きなカエデの木も小説に登場する。ここまで散策していたという姉妹の健脚ぶりに驚く。

❹© Steve Swis

❷ Brontë Bridge/ブロンテの橋

姉妹が渡った石橋。実物は1989年に洪水で流されてしまい、これは翌年に再建されたもの。

❸ Brontë Chair/ブロンテの椅子

エミリーはしばしばこの石に腰掛け、紙片に詩や物語の一説を書きつづっていたと伝えられている。

❹Brontë Waterfalls/ブロンテの滝

姉妹のお気に入りだった小さな滝。近年は水量不足で、滝がさらに小規模になっている。

Travel Information to Haworth

ロンドンからのアクセス

【電車の場合】 ロンドン(キングズクロス駅)からリーズまで、電車で約3時間。その後、スキップトン(Skipton)経由のモーカム(Morecambe)、ランカスター、カーライル(Carlisle)行き等に乗り換える。約30分でキースリーに到着。ここからはバスか蒸気機関車でハワースまで約15分。

【車の場合】 ハワースには車で行く方が断然ラク。ロンドンからM1を通って、リーズ手前でM62に入る。ジャンクション24からA629に進み、ハリファックスを通り抜けてキースリー方面へ。キースリー手前でA6033にぶつかったら、ハワースに到着。到着直前までハワースの看板が出ていないので、ハリファックス、キースリーを目指そう。

❶ Brontë Parsonage Museum/ブロンテ博物館

ブロンテ一家が1820~61年まで住んでいた牧師館は、ミュージアムとして公開されている。スカーボローで結核の療養をしていたアン以外の一家全員が、この家で息を引き取っている。

❷ Sundey School/日曜学校

牧師の父親が、村の子どもたちのために建てた日曜学校。姉妹もここで教鞭をとった。シャーロットは牧師館に居候していた3歳下の副牧師と結婚したが、その挙式の際に「受付」として同所は使われた。

❸ Haworth Parish Church/ハワース・パリッシュ教会

牧師館前から墓地越しに見える教会が、父親が牧師を務めていた場所。左写真中央にある塀の石板によると、昔ここに門があり、ブロンテ一家はこの門を通って教会へ向かっていたという。同所にはアン以外のブロンテ一家(両親、夭折した姉2人、シャーロットたち3姉妹と弟)が眠っているが、教会が火災により消失・再建された際に、墓の上に石柱が建てられてしまった。そのため、柱に墓碑が刻まれている(右写真)。

Special thanks to : Welcome to Yorkshire(www.yorkshire.com

週刊ジャーニー No.1194(2020年6月24日)掲載