2011年10月20日

取材・執筆・写真/本誌編集部

キプリングが一目惚れした邸宅
ベイトマンズを征く

『ジャングル・ブック』を生み出した、英国が誇る作家ラドヤード・キプリング。
「東は東、西は西」などの言葉を残し、
人種差別・蔑視思想の持ち主であったともいわれるキプリングだが、
その生涯を辿ると、時代の波に翻弄されて、
苦悩し続けた一人の男の素顔が見えてくる。
今号では、このキプリングが愛した邸宅を征くことにしたい。


© NTPL/John Hammond(キプリング写真)/© NTPL/Geoffrey Frosh(室内写真)

 

英国人初のノーベル文学賞受賞

 世界で最も有名な賞と言っても過言ではない「ノーベル賞」。今回取材班が訪れたのは、1907年、英国人として初めてのノーベル文学賞を受賞したラドヤード・キプリング(Joseph Rudyard Kipling1865~1936)ゆかりの地、ベイトマンズBateman's。インドのジャングルを舞台とした少年モーグリの冒険で知られる『ジャングル・ブック』の作者である、このキプリングが、1902年から70歳で亡くなる1936年までの34年間を過ごした邸宅だ。ロンドンから車で2時間ほど、緑豊かな丘がうねる英国南部イースト・サセックスのバーウォッシュにある、キプリングが『一目惚れ』をして購入したという建物である。


ベイトマンズの書斎の窓からは、サリーの風景が一望できる。

 キプリングが同文学賞受賞の快挙を成し遂げたのは、ここで暮らし始めて5年後のこと。41歳という若さでの受賞は当時史上最年少であったが、文学の分野においてこの記録は現在でも破られていない。
 「古びた赤煉瓦の壁に囲まれた庭、同じ赤煉瓦で覆われた2棟のオースト・ハウス(ホップの乾燥施設)、一面に広がる芝生に佇むベイトマンズは安らぎの場所」
 キプリングが描写したままの風景が、今もそこに広がっている。彼がお気に入りの書斎に籠って詩や小説の執筆を始めると、書き損じた紙でごみ箱は瞬く間に溢れ返り、ハウスメイドが1日に3度、紙を片付けに入らなければならなかったという。
 しかし、英国内で並ぶ者がいないほどの人気作家となり、ノーベル文学賞を受賞し、一大財産を築いたにもかかわらず、キプリングの人生は多くの苦悩と悲しみに彩られている。インドと英国の板ばさみになった幼少期、両親との別離、預けられた知人宅での精神的虐待、度重なる我が子の死…。英国文学界の頂点を極めたキプリングの波乱の人生を追ってみよう。


綺麗に整えられた生垣に沿って、ゲートまで真っ直ぐに伸びるアプローチ。