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 ナチスの暗号を解読せよ! 諜報基地 ブレッチリー・パークを征く  【前編】

■ 第二次世界大戦時の英国で、全国各地の鬼才・逸材がバッキンガムシャーの小さな町ブレッチリーに集結した。目的は、ドイツ軍が用いた暗号機「エニグマ」による暗号を解読すること。2021年発行予定の新50ポンド紙幣にその肖像が採用されている数学者アラン・チューリングも活躍した、この「ブレッチリー・パーク」を、今回は征くことにしたい。

●征くシリーズ●取材・執筆/本誌編集部

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© ShaunArmstrong/mubsta.com
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ナチス・ドイツがポーランドへと侵攻した1939年9月から1945年まで、約6年間続いた第二次世界大戦。もしも「ブレッチリー・パーク(Bletchley Park)」での、昼夜を問わぬ人々の奮闘がなければ、大戦は8年にも、10年にもおよび、より多くの人命が無残に散っていたかもしれない。

そう称えられる場所であるにもかかわらず、終戦から約30年もの間、人々の功績は秘されていた。その理由は、ここが戦時下において、最高機密として扱われていた諜報基地だったからにほかならない。

この「秘密」の場所はユーストン駅から列車でおよそ40分、バッキンガムシャーの小さな町、ブレッチリーにある。駅の目と鼻の先にあるブレッチリー・パークは現在、暗号解読に関する博物館として一般公開され、ビジター・センターをはじめ、敷地内に連なるブロック型の棟やプレハブ小屋の一部、そして19世紀に建てられた邸宅を中心に展示が行われている。博物館へと進む前に、まずは、第二次世界大戦前にさかのぼり、その様子を探ってみたい。

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リドリー隊長の狩猟団

現在のブレッチリー・パークでは多くの建物が見られるものの、戦前は、チューダー様式、ゴシック様式の折衷スタイルが特徴的な邸宅(マンション)と庭園が広がり、地元の政治家夫妻が静かに暮らす場所だった。

この地が慌しくなるのは、政治家夫妻の亡き後、子供たちがこの屋敷を手放してから1年ほどが過ぎた、1938年9月。ヒトラーの強引な要求に対し、各国の宥和政策が際立ったミュンヘン会談が行われていたころのことだ。

ウィリアム・リドリーと呼ばれる人物を中心とする狩猟団が、ロンドンからブレッチリー・パークを訪れていた。「リドリー隊長の狩猟団」と名づけられた一行は、ロンドンのサヴォイ・ホテルきってのシェフを同行させ、ぜいたくな食事に舌鼓を打っていた。近隣の住民は、「どんな御一行様なのか」と井戸端会議に花を咲かせたに違いない。

しかし、「狩猟団」とは表向きの顔。実は、この邸宅と一帯は英国秘密情報部(MI6)が購入していたのだ。彼らの目的は、「ステーションX」を開設すること。それはつまり、諜報活動の一翼を担う政府暗号学校(The Government Code and Cypher School: GC&CS)を置くことだった。

現在の政府通信本部(Government Communications Headquarters: GCHQ)の前身となるこの組織は、「学校」の名が付けられているものの、実際には空軍と海軍のそれぞれの暗号解読チームを統括する形で、第一次世界大戦後に平時体制として組織された。ロンドンを拠点とし、ロシア、イタリア、米国、フランス、ドイツなどで使われる暗号の解読に取り組んでいたが、万が一の避難先としてステーションXが用意されたのだった。

なぜこの町が選ばれたのかは、地図を開いてみると容易に納得できる。ロンドンから比較的近いだけでなく、東にケンブリッジ、西にはオックスフォードの街があり、優れた専門家を招集するにはうってつけの立地。ヨーロッパにきな臭さが漂う中、ロンドンの政府官庁街への直通電話が引かれ、水道、電気といった生活環境の充実が図られるなど、準備が進められた。

一方、人材を集めることも重要な案件のひとつだった。これまで政府暗号学校では、すでに所属しているメンバーのつてを頼りに限定的に探していたが、開戦が現実味を帯びてくると、暗号学校の上層部は主要大学を回り、言語学者、古典学者、数学者をスカウト。チェスの名手やクロスワードの達人なども対象に募集がかけられた。増える人員を見越し、パーク内にはプレハブ小屋(Hut)が続々と建てられた。

そして、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻し、戦いの火蓋が切られたころ、急ピッチで戦時体制が敷かれつつあったステーションXでも必死の戦いが始まった。

19世紀に建てられた邸宅。暗号解読はここから始まった。

カンバーバッチ主演映画 『イミテーション・ゲーム』

ブレッチリー・パークで活躍した数学者アラン・チューリングの人生は、2014年の映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(The Imitation Game)で英俳優ベネディクト・カンバーバッチが好演している。

暗号解読チームの一員となったチューリングは、高慢で不器用な性格から孤立していた。しかし次第に理解者が現れ、その目的は人命を救うことに変化していく…。

第87回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞など計8部門でノミネートされ、脚色賞を受賞した。

ポーランドから送られた 解読の足がかり

施設内では、大戦時に建てられたプレハブ小屋(Hut)の一部が修復され、当時の様子が再現されるほか、暗号解読に関する展示が行われている。

ステーションXの役割は、枢軸国、主にナチスの暗号を解読すること。

ドイツは数多くの暗号やコードを使用しており、それらはモールス信号で送られていた。最前線にいる陸・海・空軍のほか、国内の司令部で交わされるやりとりを英通信部が傍受し、これが暗号解読チームへと渡された。

数ある暗号の中でも最も難解として有名なものが、ドイツ語で「謎」を意味する暗号機「エニグマ(Enigma)」によるものだ。このエニグマは、タイプライターのような形状をしており、初期設定を施したあと、キーボードを打つと暗号文が作られる仕組みとなっている。復号(暗号を元に戻すこと)の場合も同様で、同じ設定キーのもと、暗号文をキーボードに打つことでメッセージを読むことができる。暗号解読とは、つまり、この初期設定を見つけ出すことにあった。

日本の暗号解読に関する展示も行われている。

大戦以前、英国でこの暗号機に取り組んでいたのは、古典学者のディリー・ノックス、ただ一人だった。ノックスは、第二次世界大戦の前哨戦ともされるスペイン内戦の際、ドイツ軍が同盟国に与えていた初期モデルのエニグマの解読に成功した人物。エニグマ解読は彼に託されていたが、1938年の終わりごろ、ドイツがこの暗号機をより複雑に進化させており、ノックスは頭を抱えていた。

転機となったのは開戦直前にもたらされた、ポーランドからの知らせだった。同国ではすでにエニグマの解読に成功し、その方法を確立しようとしていた。ところが、ドイツが暗号を強化したことや、ドイツの脅威が間近に迫っていたことから、英国とフランスに助けを求めるべく、これまでに知り得た情報を公開。解読の手段、さらには暗号機のレプリカが提供された。一気に勢いづくエニグマ解読チームに必要なのはノックスをサポートする新しい人材。ここに天才数学者のアラン・チューリングら数人が加わった…! (後編へ続く)

悲劇の天才数学者 アラン・チューリングの物語を動画で見よう!

Travel Information ※2020年8月23日現在

Bletchley Park
Sherwood Drive, Bletchley, Milton Keynes, MK3 6EB
https://bletchleypark.org.uk/

【アクセス】
電車 ロンドン・ユーストン駅から電車で約40分。徒歩5分。
車 M1を北上し、ジャンクション 13で降りる。ロンドン中心部からは所要約1時間20分(Sat-NavにはSherwood Drive MK3 6DSを入力)。

【オープン時間】
3月〜10月 午前9時30分〜午後5時
11月〜2月 午前9時30分〜午後4時

【入場料】
大人 21ポンド 学生、60歳以上 18.50ポンド
子供(12〜17歳) 12.50ポンド 要予約

週刊ジャーニー No.1152(2020年8月27日)掲載