ストーク・パークを征く

ウィンザー城からほど近いバッキンガムシャーの村、ストーク・ポージズに位置する「ストーク・パーク」。
光を浴びて輝く白亜の大邸宅を中心に、見事なまでに整備された芝生のゴルフ・コースがまわりをとりまく。
今号では、立地の良さと「絵になる」美しさから、数々の映画にも登場する同地を征くことにしたい。

●征くシリーズ●取材・執筆/ネイサン弘子・本誌編集部

カントリー・クラブとは?

 

ロンドン中心部からわずか1時間弱。ストーク・パークは、300エーカー(東京ドーム約26個分)もの広大な敷地に、27ホールのゴルフ・コースを筆頭にテニス・コート、貴族の邸宅であった白亜のホテル、スパやジムなど、充実の施設を併せ持つカントリー・クラブ(スポーツ競技場やホテルなどを併設する総合施設)だ。

 

ストーク・パークの起源は900年以上前にさかのぼり、エリザベス1世をはじめとする王族や貴族、実業家といった富豪たちの手を経て、屋敷はより大きく華やかに、庭園も細やかに整備されてきた。そして19世紀後半、ジャーナリストのニック・レーン・パ・ジャクソンの手に渡ったことで、大きな転換期を迎える。

 

英国サッカー協会とローン・テニス協会の創立会員であるニックは、自身が設立したアマチュアのサッカー・チームを連れて米国ツアーに向かい、そこで目にした会員制の「カントリー・クラブ」に大いに感銘を受けた。広大な敷地にゴルフ、サッカー、テニスなどの競技場、さらにレストラン、ホテルも併設された「スポーツマンの社交場」は、彼の目に夢のような場所に映ったのだ。英国に帰国した後、早速土地探しをはじめ、巡り会った理想的な場所がストーク・パークだった。1908年のことである。

ゴルフ場を変えた名コース

 

クラブのメインスポーツとなるゴルフ・コースの建設は、設計士のハリー・コルトが担当。世界のゴルフ界で「ハリー・コルトによるコース設計」が、ひとつのブランドとして確立されているほどの名設計士だ。

 

コルトはケンブリッジ大学でゴルフ部のキャプテンを務め、全英アマチュア・ゴルフ選手権で準優勝するほどの腕前であった。当時のゴルフ場は、「リンクス・ランド」(links land)と呼ばれる、陸と海が出合う地点に広がる草の生えた砂丘地帯を利用してつくられ、砂丘に手を加えて造成したコースが一般的だった。だが、ゴルフの流行とともに、条件の合う砂丘地帯を見つけるのが難しくなっていた。そんな転換期に、コルトは現れた。

 

事務局長として就職したゴルフ場で、ゴルフ場の管理やコース設計の基礎を学んだ彼は、それまでのゴルフ・コースの造設の常識にとらわれない設計図を作成。土木技術を駆使し、芝や土壌の研究まで行い、内陸部での近代的コースの設計技術を確立したのである。

 

ちなみにストーク・パークを手掛けた後は、全英オープン選手権が開催される「ゴルフの聖地」セント・アンドリュースのエデン・コースや、ウエントワースのウエスト・コース、サニングデールのニュー・コースなど、数々の名門コースの設計に携わっている。

 

ストーク・パークは上流階級の社交場として瞬く間に名声を得て、英国王エドワード7世をはじめとする王族たちもこぞって同地を訪れたという。

伝説の「7番ホール」

 

余談だが、「東京ゴルフ倶楽部」が埼玉県朝霞市にゴルフ場をつくることになった際、設計をコルトに依頼した。しかしコルトは高齢であったため、彼のパートナーだった設計士のチャールズ・アリソンを日本に派遣した。

 1930年、訪日したアリソンは朝霞コースを設計。その後、「藤沢カントリー倶楽部」や「川奈ホテル」の富士コースを訪れて監修や改造にも関わっている。彼の指示でつくったアゴの高いバンカーに当時の日本人は衝撃を受け、これを「アリソン・バンカー」と呼ぶようになった。

一方、軍医だったアリスター・マッケンジーは、しばらくコルトの元で設計の基礎を学び、やがて独立してゴルフ場の設計士に身を転じた。

 

1932年、「球聖」と称されたゴルファーのボビー・ジョーンズが、故郷の米ジョージア州に理想のゴルフ場を造設するにあたり、マッケンジーに設計を依頼。完成したコースは「オーガスタ」と呼ばれ、1934年には第1回となるマスターズ・トーナメントが開催された。オーガスタの12番ホールを設計する際、マッケンジーがモデルとしたのが、ストーク・パークの7番ホール(パー3)と言われている。

「007」の舞台に

ストーク・パークは会員制のカントリー・クラブとして運営されてきたが、現在は会員以外の利用も可能。ホテルの宿泊客は、通常の利用料金よりも割安でプレーできる。

 

格調高い旧邸宅のホテル、美しいアーチを描く橋や池をバックにプレーすれば、誰もが優雅な気分に浸れることだろう。絵画のような風景は、度々映画のロケ地として使用されてきた。その代表作が、「007」シリーズ最高傑作ともいわれ、ショーン・コネリーがジェームズ・ボンドを演じた「007ゴールドフィンガー」だ。大富豪「ゴールドフィンガー」の金塊密輸の実態を暴くという密命を受けたボンドは、彼の所有するゴルフ場で、ゴールドフィンガーと「賭けゴルフ」に興じる。その舞台となったのが、ストーク・パークである。

映画ではボンドらの背景に、青々とした美しい芝生に生える白亜のマンションが終始映し出される。このシーンは多くの人々に強い印象を与え、映画が公開されるとすぐに、「あのゴルフ場はどこ?」と話題になった。

「007ゴールドフィンガー」のゴルフ対決のシーンより。左端がボンド役のショーン・コネリー、右端がゴールドフィンガー役のゲルト・フレーベ。

充実のスパでリラックス

 

ストーク・パークが誇るのはゴルフだけではない。芝のテニス・コートでは、毎年ウィンブルドン選手権が開催される直前に、テニスのエキシビション・マッチ「ザ・ブードルズ」が開催され、ジョコビッチやナダルといった世界の一流選手が、ウィンブルドン前の肩ならしにやってくる。彼らがプレーするコートで、実際にラケットを握ることができるのも、ストーク・パークならでは。

また、2014年に新しく生まれ変わったジムのほか、スパも期待を裏切らない。トリートメントや水泳の合間に休息をとるラウンジは天井が高く、解放感がある。プールとラウンジを隔てる壁一面は巨大な水槽になっており、カラフルな魚たちが優雅に泳ぎ、リラックスした雰囲気に包まれている。

「白亜の邸宅ホテルに隣接する別棟「パビリオン」には、客室のほかスパ、スイミングプールなどの施設がある。
 

「うちの夫は週末となると家族を置いてゴルフに行ってしまうの」となげく奥様たちの声を時折耳にするが、そんなご家庭にもおすすめしたいのが、家族で過ごすストーク・パークでの休日。ホテルには託児所が完備されているので、スポーツやスパを楽しんでいる間、安心して子供を預けることができる。

 

また、ホテルにある重厚な雰囲気のレストラン「ハンフリーズ」に対し、パビリオンのレストラン「サン・マルコ」は、カジュアルなイタリアン・レストランで、子供連れも大歓迎。ホテルのラウンジでは、アフタヌーンティーも提供している。

ホテルのレストラン「ハンフリーズ」。ラウンジではアフタヌーンティーも楽しめる。

 

スポーツに、スパに、家族サービスに――。次の休暇先として選んでみてはいかがだろうか。

Travel Information ※2020年3月11日現在

Stoke Park
Park Road, Stoke Poges, Buckinghamshire SL2 4PG
Tel: 01753 717 171
www.stokepark.com


【ホテル宿泊費】
Classic Mansion Rooms £190~(1泊1部屋)

【アクセス】
車:ロンドン中心部からの場合は、M4で西へ向かう。ジャンクション6でおり、A355を北方面へ。Farnham RoyalラウンドアバウトをB416(Park Road)へ右折し、約2キロ。所要約1時間。

週刊ジャーニー No.1129(2020年3月19日)掲載