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劇作家シェリダンも愛した邸宅 ロンドンから車で1時間ほど、英国南東部サリーの丘陵地帯ノース・ダウンズNorth Downsの高台に、今回取材班が訪れたポールズデン・レイシーがある。駐車場に車を停め、木漏れ日の差す並木道を進んでいくと、淡いレモン・イエローの外壁が優美な、エドワード様式の邸宅が見えてくる。2007年の一般公開以来、毎年約30万人が訪れ、ナショナル・トラストが管理する物件の中でも常に「ベスト10」内に入っている人気スポットだ。 ポールズデン・レイシーの魅力の一つは、1400エーカー、東京ドームに換算すると約120個分にも及ぶ広大な敷地である。遠く緩やかに緑の丘がうねり、そこに点在する幾つかのコテージの煙突からは煙がたなびく。ロング・ウォーク(散歩道)に設えられたベンチに腰をおろし、一日中眺めたとしても飽きることはないだろうと思わせる景観だ。 さらに特筆すべきは、英王室との深い縁だろう。とくに映画『英国王のスピーチ』で、改めて注目を浴びたジョージ6世とクイーン・マザーがハネムーンを過ごしたことで知られている。 この眺望のよい高台に邸宅が建てられたのは、1336年のこと。1198年まで同地を所有していたハーバート・ド・ポールズデンHerbert de Polesdenと、1387~93年に邸宅を所有していたジョン・レイシーJohn Laceyの両名の姓から、「ポールズデン・レイシー」と名づけられたと考えられている。いつ頃からこの名称で呼ばれるようになったのかは定かでないが、記録によると、少なくとも1562年には正式な地所名として確立していたようだ。 ポールズデン・レイシーは、多くの所有者のあいだを転々と渡り、その都度手を加えられてきた。そうした大勢の所有者の中で最も著名な人物のひとりとして、詩人・劇作家のリチャード・シェリダン(Richard Brinsley Sheridan1751~1816)が挙げられる。 『恋敵』『悪口学校』といった機知と風刺に富んだ喜劇で成功を収めていたシェリダンは、ロンドンにある名高いドゥルリー・レーン劇場の劇作家として活躍していただけでなく、同劇場マネージャーも兼任しており、1804年にポールズデン・レイシーを購入した。売れっ子だけに、ロンドンでは気を休めることができなかったのだろう。所有していた約6年間、時間を見つけてはここを訪れ、のんびりと疲れを癒したり、友人や地元の住民を招待してパーティーを催したりしていたという。 さらに数人の手を経て、1906年、ポールズデン・レイシーはある男に買い取られた。同年に妻を亡くした男は、母を失くして悲嘆に暮れる愛娘を少しでも元気づけようと、週末はロンドンから離れて過ごすことを勧めた。そして、そのための館を娘夫婦に贈ったのである。 その男の名はウィリアム・マキューアン(William McEwan1827~1913、以下、マキューアン)。ポールズデン・レイシーの最後の所有者、マーガレット・グレヴィル(Dame Margaret Helen Greville, Hon Mrs Greville, DBE1863~1942)の父親である。当時、英国の社交界随一の女主人と謳われた娘マーガレットは、上流階級の人々をこの邸宅に招き、莫大な資金力を見せつけるかのような豪華なパーティーを開くようになっていく。
複雑な生い立ち
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3度のプロポーズ
ハネムーンの様子を撮影した写真や、その後マーガレットとやり取りをした手紙などが机の上に飾られている。 多くの王侯貴族や政治家がポールズデン・レイシーを訪れたが、中でもこの邸宅を語る上で欠くことのできないロイヤル・カップルがいる。現エリザベス女王の両親、ジョージ6世(1895~1952)とクイーン・マザー(1900~2002)である。 ジョージ5世とクイーン・メアリーの次男として生まれたジョージ6世は、1920年、25歳の時にストラスモア伯爵家の四女エリザベス(後のクイーン・マザー)と出会い、恋に落ちた。翌年、彼女にプロポーズするが玉砕。諦め切れなかったジョージ6世は、22年に自身の妹の結婚式でブライド・メイドを務めたエリザベスに再度求婚するが、またも撃沈。さすがの王子も断念するかと思いきや、彼女以外の女性とは結婚する意志がないことを家族に宣言し、23年1月に3度目のプロポーズを決行。エリザベスは悩んだ末、その求婚を受け入れた。 ウェストミンスター寺院で挙式を終えた2人は、4月26日~5月7日迄の12日間をポールズデン・レイシーで過ごした。その13年後、皇太子の兄エドワード8世が離婚歴のある米人女性ウォリス・シンプソン夫人と結婚するために退位し、急遽国王として即位することになるとは、その時思いもしなかっただろう。
1923年、ハネムーンでポールズデン・レイシーに滞在中のジョージ6世とエリザベス。南側のバルコニー前にて撮影。 |