業界の名士たち集まる

 この大プロジェクトにはエイトキンとともに数名の業界の名士たちが参加している。まずは、財政面で全面的にバックアップしたジム・ラトクリフJim Ratcliffe。英国化学産業の大手、イネオス・グループの会長で億万長者として名を馳せるラトクリフは、ル・プッサンを行きつけの場所としており、その縁からパークヒルを買い上げ、この新企画に3千万ポンドもの資金を投入することを約束したのだ。
 もう一人の仕掛人はディヴィッド・コリンズDavid Collins。バークリー・ホテルBerkeley Hotelのブルー・バーや、カフェ・レストランのウルズリーThe Wolseley、ノブ・レストラン、マドンナの寝室などの内装を手がけたトップ・デザイナーだ。コリンズはそれまでカントリー・ホテルをデザインしたことがなく、豪奢なアール・デコを得意とする彼のスタイルは田舎のカントリー・ホテルにはそぐわないように思われた。しかし、彼はあえて典型的なカントリー調になるのを避け、シックかつ居心地の良い空間を目指したという。その結果、29室ある客室のそれぞれが豪華さと親しみやすさをほどよく併せ持つ、垢抜けした空間に仕上がっている。
 さらに、経営面で重要なご意見番となったのが、英国内に展開する高級ブティック・ホテル「ホテル・デュ・バン」の経営者であり、ロンドン、ニューヨークに展開する会員制クラブ「ソーホー・クラブ」の元経営責任者でもあったロビン・ハトソンRobin Hutson。彼はどの仕事でも常に「リラックスした贅沢さlaid-back luxury」を求めてきた。彼を総指揮者に迎えることによって、今の時代が求めているものにアンテナを張り、型通りの窮屈なサービスではなく、機転やユーモアにあふれた気配りが徹底された。彼はチェックイン・アウトのシステムを取り払い、到着後即座にゲストを部屋に招き入れ、会計も部屋で済ませるというスタイルにこだわった。ゲストがまるで別宅に帰ってきたかのごとく寛げるようにとの配慮からだ。高級ホテルでありながら、ハインツの缶からそのまま使った「ビーンズ・オン・トースト」の食べられるブラッセリーThe Scullery=写真上=を併設しようと主張したのも彼。これについてはエイトキンが「ベイクト・ビーンズも作らせてくれない」と不平を漏らしたものの、ハトソンが「ハインツじゃなきゃ意味がない」とはねつけたというエピソードがある。
 これらビッグ・ネームの参加により、メディア上ではハトソンやコリンズの名前がエイトキンより前面に出ることも少なくないが、ハトソンもラトクリフも「これはエイトキンがあたためて実現させたプロジェクト」と口を揃える。エイトキンが長年親しまれてきた「ル・プッサン」という店名に別れを告げ、初めて自身の名を店に冠したのも、このプロジェクトへの思い入れと自信のほどの表れといえよう。


 


上段:すっきりと清涼感のあるインテリア。ベッドは全室キングサイズとなっている。
下段右:寝室とリビングがフロア別に分かれた「ギャラリー・タイプ」の客室。
下段中央:フリースタンド式の浴槽が多いのも同ホテルの特徴のひとつ
下段小写真:レトロなスタイルの電話。小枝の鉛筆もカントリー・ホテルらしい。
全室にiPodステーションが設置されている。

 

 数ヵ月前に改装を終えたばかりとあって、館内は下ろし立ての家具、リネンなどの真新しい匂いに包まれていた。高級感はあるのだが決して華美でなく、色調やコントラストを抑えたデザインにはどこか温もりがあり、落ち着きを感じさせる。一流ホテルにありがちなこれ見よがしの非日常的な贅沢さではなく、趣味の良さが光る友人宅に招かれたような気分になれるところが寛ぎ感を与える鍵なのだろう。
 取材班は撮影用の機材を片手に館内および周辺を数時間徘徊していたのだが、その間のスタッフのホスピタリティは実に心地よかった。こちらを急かすでも飽きさせるでもなく、適当な話題を振って対話をし、何が必要かを即座にキャッチして、用が済めばさっと姿を消す。取材班ということで必要以上に歓待されてしまうケースや宿泊客ではないからと逆に足蹴にされるケースも多い中、本当の意味で「フレンドリー」なもてなしを受けることができた。
 由緒正しいマナーハウスなどに比べると、ライム・ウッドは重厚感や壮麗さに欠けると思われるかもしれない。しかし、「自然と美食に触れ、時間をかけずに都会の喧騒を離れたい」「洗練されたデザインや空間にうっとりしたい」「マナーや格式などにとらわれず寛ぎたい」「せっかく行くからには後で知人、友人に話せるような話題性が欲しい」などといった、現代人の多様化し高水準化するニーズを考えたとき、ライム・ウッドは手堅く得点を稼いでくるのだ。
 そういった現代感覚あふれるホテルが、千年近く変わらぬ自然に囲まれているという事実こそが贅沢なのだろう。地場の野山の恵みをほおばるとき、中世の貴族と宴を催しているような気持ちになれるかもしれない。

 


冬には暖炉が焚かれ、スタッフが薪をくべに来てくれる。