アレックス・エイトキンの野望
このニュー・フォレストの一角にある村ブロッケンハーストBrockenhurstで1983年、小さなカフェ・ビストロが産声をあげた。その名も「ル・プッサンLe Poussin(仏語でひな鶏)」。弱冠25歳の青年が、身重の新妻と意を決してオープンさせた店だ。それまで彼は、南仏ニースにあるミシュラン二つ星レストラン「シャンテクレールChantecler」で約5年間、ウェイターや皿洗いとして修行を積み、飲食店経営のノウハウを蓄えながらレストラン経営の夢をあたためていた。開店してからは、修行中に書き留めたレシピや料理本を参考に試行錯誤しながら必死で料理を覚え、シェフという肩書きにはにかみながらキッチンに立った。開店当初から店の売り物は、ニュー・フォレストの大自然の恵みをいっぱいに受けたゲームや野菜で、地場ならではの食材が顧客をうならせた。
この青年こそ、かの人気セレブシェフ、ゴードン・ラムジーも敬うトップシェフ、アレックス・エイトキン(Alex Aitken)だ。彼は94年に、創業から10年でミシュラン一つ星を獲得して以来、新しくレストランをオープンするごとに星を連取している。ラムジーは「ル・プッサン」をお気に入りのレストランとして挙げ、「アレックス・エイトキンは、独学で料理を学んだ最も優秀なシェフのひとりで、ル・プッサンのゲームとプディングはとにかく美味い」と太鼓判を押す。99年、エイトキンはブロッケンハーストから5キロほど離れたリンドハーストLyndhurstに物件を購入。13世紀に建てられたというこの狩猟用ロッジを改築し、パークヒル・ホテParkhill Hotelをオープンした。この時点でオリジナルの「ル・プッサン」は「Simply Poussin」と改称し、ビストロタイプのカジュアルなレストランとして、パークヒル付属の高級レストランは「ル・プッサン」として再生。再生ル・プッサンは見事オープンのその年に一つ星を獲得した。さらに五年後には、やはりニュー・フォレストの旧王室狩猟用ロッジを購入し、ウィットリー・リッジ・ホテル兼レストランThe Whitley Ridge Country House Hotelとして設立、一年と経たないうちに同レストランも一つ星を獲得している。
こうして、トップシェフの名を不動のものとしてニュー・フォレストに君臨したエイトキンの野望はこれだけでは収まらなかった。ウィットリー・リッジ設立とともにエイトキンはパークヒルを一時閉館、大改装を施し、数年後に英国随一のラグジュアリー・カントリーホテルをお披露目することを宣言したのである。
こうして、昨年11月に華々しくリニューアル・オープンしたのが、今回取材班が訪れたライム・ウッドLime Woodホテルであり、エイトキンが近年中に星獲得を目論むレストラン「Dining Room by Alex Aitken」である。
本館とは別に「コーチ・ハウス」という、5客室を擁する別館がある。
各客室がつながっており、家族やグループで宿泊し、相互に行き来することも可能。