オックスフォードの北西にある「ブレナム宮殿(Blenheim Palace)」。世界遺産に登録され、元英国首相のサー・ウインストン・チャーチルが誕生した場所でもある。ジョージ3世に「この地に及ぶところなし」とまで言わしめた壮大な風景を誇るこの宮殿を征くことにしたい。
●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部
偉大なる功績のご褒美
1702年、 アン女王が王座についた頃のこと。初代マールバラ公爵ジョン・チャーチルと、美貌と気の強さで知られるその夫人サラという英国社交界で絶大な影響力を持つ夫婦がいた。サラは女王の親しい友人であったため、女王は彼女を女官長に任命した。時を同じくして、ヨーロッパ大陸でスペイン継承戦争(1701~14年)が勃発。スペイン継承戦争とは、スペイン王カルロス2世死去後の後継ぎに、フランス王ルイ14世が自分の孫をつけようとしたことが発端で起こった戦争である。スペインとフランスが手を組めば強大な王朝が出現する。それによってますます侵略の恐怖にさらされることを危惧した英国、オーストリア、オランダが同盟を組んで対抗することになった。
そこで連合軍を率いる指揮官として選ばれたのが、マールバラ公である。マールバラ公はフランス軍のオランダへの侵入を阻止し、内陸に向けて進軍。当時の常識を覆す機動戦で連戦連勝し、1704年8月13日、連合軍はブレンハイム(またはブリントハイム/英名でブレナムBlenheim)というドナウ川ほとりの小さな村で繰り広げられた戦いで敵軍を破って大勝利をおさめ、フランス軍の侵入からウィーンを救った。この戦いの結果、ルイ14世率いるフランスに痛手を負わせたばかりか、これまで二流国と見なされていた英国がその地位を高めることとなった。
もちろんマールバラ公にとってもその意義は大きいものとなる。女王は彼の功績を称え、王領地を下賜し、マールバラ公の屋敷を建てる費用を負担した。それがこのブレナム宮殿である。
人間関係に翻弄される宮殿
ところで、ブレナム宮殿は記念建造物であり、かつ私邸でなければならない。この複雑な事業のために選ばれた建築家は、ジョン・ヴァンブラだった。彼はグリニッジ・ホスピタルやキャッスル・ハワードの設計で秀才と認められた人物である。実際、彼でなければこの偉業は成し遂げられなかっただろうという声は多い。ヴァンブラはアン女王、初代マールバラ公の時代を通してパレス建造に関わっていたが、滞る支払いなどの面でサラ夫人と幾度となく衝突し、ついには「お望み通り、お暇をいただきます」と激怒して現場を去った。後に、ヴァンブラ夫妻が再びこの地を訪れて門で名乗った際、敷地にさえ入ることを拒否されたというエピソードがある。ヴァンブラにしてみれば、自分は精力的に宮殿の建設に関わり、支払いが滞ったため現場を去ったのに、建物が完成しても敷地にさえ入れてもらえないという…なんともひどい屈辱である。
このように数々の問題を抱えながらも1733年、総工費30万ポンド(現在の2500万ポンド相当)をかけて宮殿はようやく完成した。
ブレナム宮殿で働く日本の方々
3名が活躍中
また、2013年から宮殿で働く照井博信(てるい・ひろのぶ)さん=同中=は、宮殿のメンテナンスを含むパレスクリーニング部署に所属。毎年冬の大掃除では、宮殿内のすべての家具を手入れする。その中にはルイ15世のシャンデリアも含まれるという。また17世紀半ばからの貴重な本を1万冊以上も所蔵する「The Long Library」(13頁参照)では、冬の時期に本の掃除が1冊ずつ丁寧に行われる。この時期には、宮殿の舞台裏である大掃除や修復作業を見ることができる。さらに「The Long Library」には1891年に作られたヘンリー・ウィルスのパイプオルガンがあり、「定期的に演奏会が行われ、その音色を聞くことも可能」(照井さん)。
一方、宮殿の事業部に所属し、2010年から専属パレスガイドとして活躍するのが樋口章子(ひぐち・あきこ)さん=同右。宮殿内ツアー、庭園ツアー及び、映画のロケ地ツアー(日本語)も担当するほか、スペンサー・チャーチル家の各種行事では来場者の案内役を務めることも。「おすすめのスポットは、『Woodstock Gate』から一望できるケイパビリティ・ブラウンの湖と『Vanbrugh's Grand Bridge』、そして宮殿の美しい眺めです。見る人に感動を与え、一生心に残る美しさがあります」とのこと。
前日の午前中までの予約で、日本語のプライベート・ガイドも可能だという(有料/このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。)。
見どころ満載
完成から250年以上が過ぎた1987年、歴史的価値が認められたブレナム宮殿は世界遺産に登録され、世界各地からの観光客を魅了している。代々の公爵が暮らし、現在も第12代公爵の私邸である宮殿は、絵画やタペストリーが飾られる豪華な内装の「Drawing Rooms」「State Rooms」などの部屋が公開されている。2018年6月からはオーディオ・ガイド(日本語あり)が登場。宮殿の歴史を聞きながら自分のペースで見て回ることが可能だ。また同宮殿で誕生した元英首相チャーチルの歩みを展示する「Churchill Exhibition」や、宮殿の知られざる物語を紹介する「The Untold Story」も見みどころのひとつ。現公爵が不在の日には、プライベート・アパートメントも公開され、「Duke's Floor Tour」「'Upstairs' Tour」などのツアー(各5ポンド)でのみ見学できる。さらに広大な敷地内には、第4代公爵の命で造られた造園家ケイパビリティ・ブラウンによる風光明媚な庭園、初代マールバラ公をいただく塔「Column of Victory」のほか、第9代公爵によって設けられたフォーマルな様式の庭園「Water Terraces」「Italian Garden」、巨大迷路のある「Pleasure Gardens」などがあり、様々な表情で来場者を楽しませる。歴史と自然の魅力あふれるブレナム宮殿を思う存分堪能してみてはいかがだろうか。
“私はブレナム宮殿で 重要な2つの決断を下した。 誕生、そして結婚”
Sir Winston Churchill
チャーチルが生まれた部屋
Churchill Exhibition: Birth Room
プロポーズの地
Temple of Diana
ところがチャーチルは、寝坊してしまう。すっぽかされた彼女はすぐにロンドンに戻ることを決めるが、状況を察したマールバラ公が機転を利かせ、彼女を馬車で庭園へと連れ出した。そして戻ったときにようやくチャーチルが姿を現した。 ふたりはバラ園を訪れた後、「Temple of Diana」のベンチに座り、話に興じた。なかなか結婚を切り出さないチャーチルに対し、彼女は地面を這うカブトムシを見ながら、「この虫が床の割れ目にたどり着くまでにプロポーズされなかったら、彼にはその気がないのだろう」と思ったという。しかしチャーチルは無事に思いを打ち明け、ふたりは結ばれた。
宮殿から車で5分、チャーチルが眠る
St Martin's Church
Church Street, Bladon, Woodstock OX20 1RS
イベント情報
イヴ・クライン:コンテンポラリー・アート展
Yves Klein Contemporary Art Exhibition
2018年7月18日~10月7日
34歳の若さで夭逝した仏芸術家イヴ・クラインのエキシビション。「青」を好んで使用し、その色を「インターナショナル・クライン・ ブルー」と名づけたクラインの絵画や彫刻など50を超えるコンテンポラリー・アート作品が、ヴァンダイクやレイノルズらのファインアートと並び、宮殿内の各所に展示される。
Travel Information
※2018年7月16日現在
Blenheim Palace
Tel: 01993-810530
www.blenheimpalace.com
宮殿 Palace:午前10時30分~午後5時30分(最終入場は午後4時45分)
庭園 Park:午前9時~午後6時30分(Formal Gardensは午前10時~午後6時)
クリスマス当日を除いて年中入場可能。プライベート・イベントなどで閉館することもあるので、事前にウェブサイトでご確認を。
■ 入場料(宮殿、庭園含む)
大人:27ポンド
5~16歳:15.50ポンド
■ ロンドンからのアクセス
車…M40をオックスフォード方面に走り、オックスフォード近くのジャンクション8でA40に出る。その後、A44をEvesham方面に進むと案内板が見えてくる。ロンドンから1時間半ほど。
公共交通…ロンドン・マリルボーン駅から電車でオックスフォード・パークウェイ駅まで行き、そこからバス「Park & Ride 500」のウッドストック行きに乗車すると15分で宮殿前に到着。バスの中で、往復バス料金と宮殿の入場チケットがセットで格安で購入可能( www.oxfordbus.co.uk)。
ブレナム宮殿の魅力を 動画でご紹介します!
週刊ジャーニーが制作した「ブレナム宮殿」の紹介動画をご覧いただけます。
週刊ジャーニー No.1044(2018年7月19日)掲載