メインの写真:小石(cobble)が敷き詰められたマーメイド・ストリートMermaid Street。右側に写っているのはマーメイド・イン
下の写真(左から):「スカロップ・ウィーク」の期間中、掲げられるサイン/ウェッブズ・アット・ザ・フィッシュ・カフェのホタテづくし・特別コースの1品/マリノズ・フィッシュ・バーのホタテのフライ。
下の写真(左から):「スカロップ・ウィーク」の期間中、掲げられるサイン/ウェッブズ・アット・ザ・フィッシュ・カフェのホタテづくし・特別コースの1品/マリノズ・フィッシュ・バーのホタテのフライ。
アルファベットでわずか3文字の街、ライRye。イングランド南部のイースト・サセックスにあって、かつては重要拠点の5港のひとつとして名を馳せ、今はチャーミングな街として人気が高い地でもある。アンティーク・ショップやカフェが軒を連ね、夏ともなれば、そぞろ歩きを楽しむ観光客が通りにあふれる。しかし、冬はどうしても静かになりがち。この閑散とした時期に、街を活気付けようと始まったのがライ・ベイ・スカロップ・ウィークだ。文字通り、ホタテ祭りというわけだが、その美味しいイベントを約1ヵ月後にひかえたライについて、お届けすることにしたい。
●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部
暴風雨のおかげで対仏防衛の需要拠点となった地
ライでは、黒い梁(はり)が外観のアクセントになっている、「ハーフ・ティンバードhalf timbered」と呼ばれる、古い造りの家屋が点在する。
イングランドの歴史は、海から侵攻を試みる外敵との戦いの記録が大きな柱のひとつとなっている。特に、海をへだてて向かいあうフランスは永遠のライバルであり、互いに相手のすきをついて領土を奪おうと策略をめぐらせ、壮大な陣取りゲームを繰り返してきた相手である。
イングランド南部の一地域、イースト・サセックス県は英仏海峡に面し、そのフランスとの攻防については常に前線と位置づけられてきた。交易拠点として発展した良港は、地形的に防衛にも適していることが多く、やがて、重要防衛拠点として5港が選ばれた。
11世紀、エドワードざんげ王の時代に、その栄えある5港と認められたサンドウィッチSandwich、ニュー・ロムニーNew Romney、ドーヴァーDover、ハイズHythe、ヘイスティングズHastingsは、ヘンリー3世のもとで、「スィンク・ポートCinque Ports」(cinque=フランス語で『5』のこと)と正式に位置づけられたのだった。これら5港は、イングランド王に対し、有事の際には、港湾施設に加えて船、および船を操る船員たちの提供を約束する代わりに、免税特権、交易許可などを与えられ、自治都市として繁栄した。
なお、余談ながら、敵性語といえるフランス語の「Cinque」をなぜか取り入れながらも、「サンク」と発音されるべきところを、イングランド式に「スィンク」と呼んだところに、宿敵フランスへの複雑なライバル心が垣間見えるように思える。
さて、ここでライに話を移そう。
当初、ライは、この5港に含まれていなかった。
しかし1287年、一帯を大嵐が襲う。同地域の主要な河川である、ロザー川River Rotherの流れを変えてしまうほどの暴風雨で、これにより、ロザー川の河口は、ライの東北東約6キロの地にあったニュー・ロムニーから、ライへと移動した。
堆積物に埋もれたニュー・ロムニーに代わり、ライは、要港としての存在感を高めていく。
ライと、隣接するウィンチェルシーが正式に「スィンク・ポート」の仲間入りを果たしたのは、この大嵐の2年後のことだった。
ライはもともと良港として知られており、古くはローマ人による統治時代(43~410年)にも、英仏海峡をゆきかう船が安全にいかりをおろすことのできる場所という定評を得ていた。もっとも、まだこのころのライは小さな漁港に過ぎず、著しい発展のきっかけが与えられる11世紀まで、しばらく待たねばならなかった。
転機となったのは、1066年のノルマン人による征服である。これを機に、ライは交易港として目を見張るほどの発展をとげる。サクソン語で「島」を意味する言葉がライの語源となったとする説がある一方、ノルマンディ地方のフランス語で「岸」を意味する言葉が語源となったともいわれるが、ノルマン人による侵攻なくして、今のライはなかったことを考えると、後者の説をとりたくなる。
イングランド南岸きっての港に成長
「スィンク・ポート」の一員となり、特権を得て潤ったライだったが、14世紀にはその発展の代償を2度にわたって払わされている。すなわち、1339年と77年、フランスの侵攻を受け、大きな打撃をこうむったのだった。77年の攻撃はことさら激しく、ライのほぼすべての建物が焼かれ、聖メアリー教会の鐘まで盗まれるという屈辱を体験する。
しかし、この2度の襲撃による経験はむだにはならなかった。このあと、新しく市壁と、4つの門が築かれ、防衛力の大幅な強化が図られたのである。
1449年にもフランスは攻撃を試みたが、これは失敗に終わっている。
ちなみに、先述した4つの門のうち、現在もランドゲイトは力強い姿を見せている。また、14世紀終盤に建てかえられたとされるイプラ・タワーも、変わらぬ威容を誇る。現在はライの歴史を紹介する博物館として一般公開されているが、同タワーの前には砲台がすえられ、その砲口は今もフランスに向けられている。
さらに1544年、ヘンリー8世がライとウィンチェルシーの間に、フランスへのけん制を目的にカンバー城(Camber Castle)を建設。また、同王が大砲をはじめとする鉄兵器の国内生産を開始し、ライは鉄の輸送を担う港として重用され、ピーク時には300隻もの船舶が停泊し、サウサンプトンやポーツマス以上の賑わいを見せた。
こうして、ライはイングランドの防衛史の表舞台にしばらく立ち続けたのだが、望まぬ変化が訪れる。
かつてニュー・ロムニーから、ライが要港としての地位を奪うのに大きな役割を果たしたロザー川に、今度はライが苦しめられるようになる。つまり、ロザー川からの沈泥が深刻化し、浅くなったライの港は、小さな船舶しか入れないようになってしまったのである。
現在、ライの街から実際の海岸線までは約3・2キロ(2マイル)もの距離がある。かつては、イプラ・タワーのすぐ足元まで波が打ち寄せていたという情景を思い浮かべるのはかなり難しい。
自然は時に残酷な形で、街の運命を変えてしまうものだとニュー・ロムニー、そしてライが教えている。
スカロップ・ウィーク おいしい情報①
ホタテは聖なる貝?
17世紀ごろに作成された聖ヤコブの胸像。両胸にホタテの貝殻があしらわれている。©Mattes
◆新約聖書に登場する、イエスの使徒のひとりに「ヤコブ(Jacob)」がいる。使徒ヨハネの兄弟で、ゼベダイという人物の息子。アルファイという人物の息子、ヤコブ(「小ヤコブ」と呼ぶ)と区別するために「大ヤコブ」(英語では「St James the Great」)とも呼ばれる。◆ヨハネとともに、父のもとで漁師として働いていたが、網の手入れをしていた時にイエスと出会い、そのままヨハネとともに弟子となった。44年頃、殉教したと伝えられる。
◆9世紀になって、スペインの現サンティアゴ・デ・コンポステーラにて、奇跡的に聖ヤコブの遺体が発見されたという報が流れた。折りしも、イベリア半島では、イスラム勢力から同地域をキリスト教徒の手に取り戻そうという「レコンキスタ」が展開されており、聖ヤコブは熱狂的に崇められるに至り、スペインの守護聖人となった(「聖ヤコブ」は、スペイン語で「サンティアゴ」)。このヤコブのシンボルがホタテの貝殻。フランス語では、ホタテのことを「coquille Saint-Jacques」(聖ヤコブの貝)と呼ぶ。
◆サンティアゴ・デ・コンポステーラは、カトリック教会における三大巡礼地のひとつとなり、同地を訪れた証拠に、ホタテの貝殻を集める習慣があった。
ライ湾で獲れるホタテ。おいしそう!©The George
◆聖ヤコブが、かつてホタテにまみれた騎士を救ったことがある、あるいは、聖ヤコブの遺体がスペインからエルサレムに戻される途中、遺体を運んでいた馬が水に落ちてしまい、遺体をひきあげたところ、ホタテにおおわれていたことから、ホタテと聖ヤコブが結び付けられるようになったと言われている。◆もともと、ホタテは豊穣のシンボルでもあり、愛と豊穣の女神、ヴィーナスとともに描かれることが多かった。ボッティチェッリ の『ヴィーナスの誕生』でも、ヴィーナスはホタテの貝殻の上に立っている。
◆300種類のホタテがあるとされ、ライで獲れるホタテと日本のホタテは種類が異なる。
チャーミングな街でホタテに舌鼓
防衛拠点となる港として機能しなくなったライは、一時、衰退を余儀なくされる。時代がかわり、米国との交易が英国経済の中で重要性を増すにつれ、大西洋航路の拠点としてグレート・ブリテン島の西側にあるリヴァプールやブリストルといった港へと、人も物も軸足を移していったのだった。
ライは密輸業者の暗躍する地として、悪名高い時代もあったが、それも過去の話となった。
今は静かな海辺の観光地として、街をあげての努力が続けられている。
2時間もあれば、主な通りは散策しきれてしまうほどの小ぢんまりとした規模ながら、どこを歩いても、「チャーミング」という形容詞がぴったりとあてはまる街並みが見事に保たれており、思わず感嘆の声がもれる。
アンティークの店やユニークな土産物店、落ち着いた雰囲気のカフェ、レストランが軒を連ねるかたわら、スターバックスやコスタ、ブーツやマクドナルドといった、今ではほぼどの街にもある「ハイ・ストリート・チェーン」がまったく見当たらないのだ。
「ハイ・ストリート・チェーン」は、安易な発展をもたらし、短期的に見れば雇用が発生し、地域の利益となる可能性は高い。しかし、街の古きよき姿は永遠に失われてしまう。
ライは目先の利益より、街並みを守ることを選んだといえそうだ。
恐らく、これは容易なことではなかったと想像する。「ハイ・ストリート・チェーン」の進出を認めようとする声もあったはずだが、ライは踏みとどまり、その努力のかいあって、イングランドでも希少な魅力ある街として、名声を得るに至っている。
とはいえ、やはり冬は訪れる観光客が減ってしまう。
その閑散期に人を呼びこもうと16年前に始まったのが、毎年2月(今年は3月にもかかっている)に行われる、「ライ・ベイ・スカロップ・ウィークRye Bay Scallop Week」というわけだ。
ライ・ベイ(ライ湾)で獲れるホタテを存分に味わってもらおうと、約10日にわたり、ライのレストランがそれぞれ腕を競う。
各店では特別メニューが供されるほか、ホタテの料理レッスンなど各種イベントも催される。
昨年、このスカロップ・ウィークのことを聞きつけて取材に向かった取材班だが、予約がとれないレストランもあったことから、今回の記事は余裕をもって1ヵ月以上前に掲載することにした。
今年の参加店は下記コラムにあるとおりだが、おそらく、どこを選ぶか迷ってしまうという読者も少なくないことだろう。
ご参考までに、ライ在住の情報提供者を頼りに、昨年、取材班がロンドンから日帰りで敢行した「ホタテ満喫の1日」をご紹介しておきたい。
① セント・パンクラス発の午前10時台の列車にのり、正午前にライに到着。
② 正午ごろに早めのランチ。この日は「Marino's Fish Bar」で、ホタテ&チップスをテイクアウェー(もちろん、ホタテのみでもOK)。ここで、同店のレストラン・コーナーでしっかり食べてしまうと、時間もかかるうえに夕食にひびく。さらに、ランチで、ホタテ(6コ入り)をすべて食べきると、空腹になるまで時間を要するので注意が必要。残りは自宅まで持ち帰るつもりで、あらかじめ、密閉できるテイクアウェー用の容器を持参して移しかえると便利。
マリノズでは、注文してからホタテを揚げてくれる。6つ入りで12.95ポンド(チップスなしなら10.95ポンド。値段はいずれも2017年のもの。今年は値上がりしているかも…)。ホタテは、翌日食べても美味だった!
③ ライの街を散策。この時期、日がまだまだ短いので、午後3時ごろまでに主要な場所は訪れ終えることを目指したいもの。④ ライに点在するかわいらしいカフェの中からひとつ選んで、午後のお茶。この日は、「Simon The Pieman」へ。誘惑に耐え切れず、クリーム・ティーを注文。そのあと、腹ごなしをかねて散策の続きに出発。
⑤ 午後5時ごろには暗くなってしまうので、散策も終了。ひと休みをかねて、手頃なパブで軽く一杯。夕食に備えて、あくまで「軽く」済ませるのが肝心。
⑥ 午後6時、夕食。「英国式のメニューが希望」と説明すると、「The George」「The Mermaid Inn」「Webbe's at The Fish Cafe」を薦められ、この日は「Webbe's at The Fish Cafe」を予約。ひとり43ポンドの特別メニュー(ホタテ5コース + デザート)を注文。
⑦ 午後8時27分(現在は別ダイヤ)ライ発の列車でセント・パンクラス駅へ。午後10時ロンドン帰着(合計6品のコースだったため、この列車に乗れるか、少々ドキドキした)。
電車は曜日によって本数、出発時刻ともに変わる(日曜日の夜は本数が少ないうえ、連絡がわるく、ふだんより余計に時間がかかることもある)のでご留意を。運転する人はお酒を飲むことができなくなってしまうが、車で行くと帰りはあせらなくて済む。
午前中、早めにライに到着して散策を開始し、ランチにコース料理を堪能、そのあとテイクアウェーで済ませ、ロンドンに早く戻ってくるスケジュールにするのも一案。
日帰りの場合はホタテ料理を2回食す予定をたてるのが現実的だろう(3食はさすがにキツイ)。あるいは、マーメイド・インなどに宿泊し、ゆっくりとホタテを満喫する方法もある。
いずれにせよ、、くれぐれも予約は早めにとることをお薦めする。
イースト・サセックスの宝石とも呼ばれるライへ、冬の味覚、ホタテを存分に味わいに出かけてみてはいかがだろうか。
スカロップ・ウィーク おいしい情報②
今年の参加レストラン
※今年は2月24日(土)~3月4日(日)※スカロップ・ウィークが近づくと、それぞれの特別メニュー、イベントがウェブサイトに掲載されるので、ご確認のうえ、ご予約を。
http://scallop.org.uk/category/menus/
Marino's Fish Bar
◆ Carey's Steakhouse and Seafood◆ Cut & Grill
◆ Globe Inn Marsh
◆ Hayden's Coffee Shop
◆ Hoof
◆ Kings Head Inn
◆ Landgate Bistro
◆ Marino's Fish Bar
◆ Olde Worlde Wines
◆ Oxney Gourmet Pie and Burger Bar
◆ The Bell, Iden
◆ The Ferry Inn
◆ The Gallivant
The George
◆ The George◆ The Hope Anchor Hotel
◆ The Horse & Cart Inn
◆ The Lodge at Winchelsea
◆ The Mermaid Inn
◆ The New Inn
◆ The Plough
◆ The Queen's Head Inn
◆ The Ship Inn
◆ The Standard Inn
◆ The Thai House
◆ The Union Steakhouse
◆ Webbe's at The Fish Cafe
◆ White Dog Inn
◆ Whitehouse
◆ Ye Olde Bell Inn
◆ Ypres Castle Inn
Travel Information
※情報は2018年1月15日現在のもの。
ライの動画、好評配信中!
【鉄道】
セント・パンクラス駅から「Southeastern」の電車でアッシュフォード・インターナショナル駅まで約40分。東方面行きに乗り換えて約30分。ライRye駅下車。
【車】
M25→(M26経由、M2経由など複数のルートあり)→M20、ジャンクション10(アッシュフォード)→A2070でRyeまで。ほかにもルートがあり、距離的には短いかもしれないが、アッシュフォード経由のルートのほうが運転しやすい。
ライ・ヘリテージ・センター(地図上⑧)
ツーリスト向けの情報を提供。Rye Heritage Centre
The Old Sail Loft, Strand Quay
Rye
East Sussex TN31 7AY
Tel: 01797 226 696
www.visit1066country.com/information/product-catch-all/visitor-information-point-rye-p1156121
① イプラ・タワー Ypres Tower
1249年に建てられた要塞。ライ城(Rye Castle)とも呼ばれ、④とともに、「ライ城博物館」として一般公開されている。4 Church Square
Rye, TN31 7HE
Tel: 01797 226 728
www.ryemuseum.co.uk/home/ypres-tower
② 聖メアリー教会 St Mary's Church
12世紀初めに建築が始まったといわれる教会。現在使われている鐘は、1377年にフランス軍に奪われた鐘ではなく、1775年に改めて設置されたもの。塔の上まで上れば(有料)、ライが一望のもとにできる。プロポーズの場所としても人気があるとのこと。Church Square
Rye, TN31 7HF
www.ryeparishchurch.org.uk/6613c646.htm
③ ラム・ハウス Lamb House
米作家ヘンリー・ジェイムズ(1843~1916)や、英作家E.F.ベンソン(1867~1940)も住んだことがあるという邸宅。ナショナル・トラスト所有。West Street
Rye, TN31 7ES
www.nationaltrust.org.uk/lamb-house
④ ライ城博物館 Rye Castle Museum
かつては醸造所の瓶詰工場だった場所。イプラ・タワーとともに、ライの歴史などに関する資料を展示。3 East Street
Rye, TN31 7JY
Tel: 01797 226 728
www.ryemuseum.co.uk
⑤ サイモン・ザ・パイマン Simon the Pieman
ライでもっとも古いティールーム。1920年創業。3 Lion Street
Rye, TN31 7LB
Tel: 01797 222 207
www.ryesussex.co.uk/directory/72584/simon-the-pieman
⑥ ザ・ジョージ The George
レストランも備えたホテル。結婚式場としても人気。98 High Street
Rye, TN31 7JT
Tel: 01797 222 114
http://thegeorgeinrye.com
⑦ マーメイド・イン The Mermaid Inn
最も古いセラー部分は1156年建造。1377年にフランス軍によりライが焼け野原になったあと、1420年に今の建物が築かれた。エリザベス1世も宿泊したことがある由緒あるホテル。レストランはいつも込み合っているので要予約。一時は密輸団のたまり場になったこともあり、隠し扉なども見受けられ、内部の構造は複雑。幽霊の目撃情報が多いことでも有名。Mermaid Street
Rye, TN31 7EY
Tel: 01797 223 065
www.mermaidinn.com
⑨ ライ・ポッタリー Rye Pottery
1793年創業。青と白を基調にした独特の陶磁器を生産・販売。Wish Ward
Rye, TN31 7DH
Tel: 01797 223 038
www.ryepottery.co.uk
⑩ ランドゲイト Landgate
1329年、フランス軍の侵攻に備えて建設された4つの門のうちのひとつ。⑪ マリノズ・フィッシュ・バー Marino's Fish Bar
ライの代表的なフィッシュ&チップス店。中にレストラン・コーナーがあり、食事もできる。フィッシュ&チップスの魚の大きさは圧巻。37 The Mint
Rye, TN31 7EN
Tel: 01797 223 268
www.yelp.co.uk/biz/marinos-fish-and-chip-shop-rye
⑫ ウェッブズ・アット・ザ・フィッシュ・カフェ
レストランを営業するかたわら、料理教室なども開催。Webbe's at The Fish Cafe
17 Tower Street
Rye, TN31 7AT
Tel: 01797 222 226
www.webbesrestaurants.co.uk/section.php/3/1/webbes_at_the_fish_caf__
週刊ジャーニー No.1018(2018年1月18日)掲載