フランスで最も有名な日本人アーティスト 
藤田嗣治
(ふじたつぐはる レオナール・フジタ)

 


線描を生かした独特の表情を持つ女性や子供―。藤田嗣治(1886―1968年)の画風には大きな特徴があり、一目で彼のものとわかる。1913年にフランスに渡り画家として大成、モディリアーニを親友とし、ピカソやルソーとも深い親交があったといわれる。モンパルナスに住んでいた当時、彼の名前をもじって「FouFou(仏語でお調子者の意)」と呼ばれ、フランスでは誰もが知る日本人アーティストであった。現在でもフランス、パリで最も有名な日本人画家として知られている。
1933年に帰国、5度目の妻となる君代と出会い、従軍画家として中国に渡るなどしていたが、戦後、戦争協力による批判や異国での成功へのやっかみがひどくなると、日本に嫌気がさしてパリに戻った。以降、日本には二度と戻らなかったという。1955年にはフランス国籍を取得し、ランス大聖堂にてカトリックに改宗し、レオナール・フジタと改名している。
ランス駅から徒歩10分程の場所に、老舗シャンパン・ハウス、マム社があるが、その真向かいに藤田の眠る「フジタ礼拝堂ノートルダム・ド・ラ・ぺ」がある。マムのシャンパンを愛し、当時のマム社社長ルネ・ラルー氏と極めて親しかった彼は、59年にマム社の資金援助を受けて同礼拝堂を建設。80歳となった66年、6月3日~8月31日に、内部に「受胎告知」や「7つの贖罪」などをテーマとする宗教画をフレスコにて描いた。1968年療養中のスイス、チューリヒで死去。遺体はパリ郊外に埋葬されたものの、2003年、彼の遺志により、同礼拝堂に改葬された。最後を看取った君代夫人はパリ郊外の旧宅をメゾン・アトリエ・フジタとして開館するのに尽力した後、一昨年4月2日に東京で逝去。彼女の遺言どおり、同礼拝堂に藤田とともに葬られている。

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フジタ礼拝堂

Chapelle Foujita (Notre-Dame de la Paix)



住所:33 Rue du Champ de Mars
電話:+33 (0) 3 26 40 06 96
開館日 5月2日~10月31日
開館時間 午後2時~6時
休館日 水曜日

www.reims-tourisme.com


藤田による「収穫の聖母」。後方にランス大聖堂とサン・レミバジリカ聖堂がみえる。樽の上に座っている聖母像は当時としては極めて珍しく、バチカン法王庁の許可を得る必要があった。他にも猫好きと知られる藤田は聖書に登場する動物を猫に描き替えたり、自画像を偲ばせたりなどして、自分だけの宗教画を描いた。