元貴族の邸宅で、フランス美術を楽しむ ウォレス・コレクションを征く
■オックスフォード・ストリートにある高級デパート「セルフリッジズ」の裏に、ひっそりとたたずむ侯爵家の旧邸宅「ハートフォード・ハウス」。別名「ウォレス・コレクション」の名前で知られる同邸宅は、1900年から美術館として一般公開されている。大英博物館やナショナル・ギャラリー、テート・ブリテン等と比べても遜色のない展示品を誇りながらも、残念ながら観光客には今ひとつ知れ渡っていないスポット。今号では、アフタヌーンティーも楽しめる「隠れ家」的美術館、ウォレス・コレクションを紹介したい。

●征くシリーズ●取材・執筆/本誌編集部

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セルフリッジズの右脇からデューク・ストリートを北へ向かうと、その突き当りに現れる優雅な邸宅がウォレス・コレクションだ。
この建物が完成したのは1780年代。第4代マンチェスター公爵が、カモ猟の際に滞在する私邸として建設された。当初は公爵にちなんで「マンチェスター・ハウス」の名で親しまれたといい、建物の向かいに広がる小さな緑の広場は、現在も「マンチェスター・スクエア」と呼ばれている。マンチェスター公爵は、ほかにも多数の私邸をロンドンに所有していたため、マンチェスター・ハウスはスペイン政府やフランス政府に一時的に貸与され、それぞれの駐英大使館として使われるなど、華やかな歴史を誇っている。
この邸宅が「ハートフォード・ハウス」と改名されたのは、1797年に第2代ハートフォード侯爵が同宅の賃借権を購入してからのこと。ハートフォード侯爵位を冠するシーモア=コンウェイ家のロンドンでの住居として、100年ほど使用された。

華麗なる一族と放蕩息子

同館で見られる展示品はすべて、このシーモア=コンウェイ家のコレクションである。
シーモア=コンウェイ家の起源は古く、ヘンリー8世の3番目の妻で、唯一男児を生んだジェーン・シーモアの兄の直系子孫にあたる。ハートフォード侯爵位を賜った一族の男性は、裕福な資産家令嬢との結婚を繰り返し、豊かな富を得ていった。
とくに、3代目のフランシス・チャールズ・シーモア=コンウェイの世代に、大きく資産が膨れ上がった。フランシスは成人の年齢に達すると、一族の反対を押し切って恋人であった女性と結婚。イタリアの公爵夫人と英国貴族男性のあいだに私生児として生まれた彼女は、「自分こそが父親」と信じる2人の男性(そのうちの1人は第4代クイーンズベリー公爵)から莫大な遺産を遺されたため、シーモア=コンウェイ家の財産は増大したのである。この結婚が「遺産目当て」だったのかどうか確かめる術はないが、フランシスはこれを機にロンドンで享楽的な生活を送るようになり、「ヨーロッパ一の伊達男」と謳われた当時の皇太子(プリンス・リージェント、後のジョージ4世)と海外旅行をしたり、共通の趣味である美術品収集に没頭したりと、放蕩三昧だったという。
だが、彼のコレクターとしての目は本物で、エリザベス女王の所有となっているロイヤル・コレクションには、フランシスが皇太子のために購入したレンブラントの絵画「造船技師とその妻」ほか、多くの名作が残されている。
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フランス育ちの独身貴族

さて、どれほど富をもたらそうとも、シーモア=コンウェイ家の一族は「私生児」であるフランシスの妻を受け入れなかった。針のむしろと言える日々に耐えかね、彼女は3人の子どもを出産した後、長男リチャードを連れてフランスへ渡り、二度と英国に戻ることはなかった。跡継ぎである息子を伴って英国を離れたのは、彼女の「復讐」であったのかもしれない。
パリで育ったリチャードは16歳で英国に呼び戻され、第4代侯爵として英海軍の大尉、外交官、国会議員などを歴任したものの、英国に馴染めなかったとされる。やがて35歳でフランスに帰国し、パリ郊外のブーローニュの森にあるバガテール城を購入。文字通り「独身貴族」として優雅な生活を楽しんだ。
そんなリチャードが唯一父の血を受け継いだ点が、美術品の収集癖だった。関心は絵画、磁器、彫刻、タペストリー、家具のほか、武具や甲冑にまで及び、代理人のエージェントによって競売で競り落とされた数々の美術品が、ハートフォード・ハウスに大量に運びこまれたという。フランスの宮廷画家ブーシェやワトーによる傑作、ルイ15世の衣装戸棚、同じくルイ15世が娘にプレゼントした東洋風のインク壺、マリー・アントワネットが愛用した書き物机など、同館に展示されている秀逸な18世紀のフランス工芸品の多くは、リチャードが収集したものである。

侯爵になれなかった男

祖父や父の集めた美術品を一般に公開しようと、自邸を美術館に改装したリチャード・ウォレス。
リチャードは生涯を独身で通したが、認知していない庶子はいた。その息子はリチャード(父と同名)・ウォレスと母方の姓を名乗り、パリで生まれ育っている。正式な親子として認められていなかったものの、父専属の美術コレクションのエージェント、また秘書として働き、厚く信頼されていたという。ハートフォード侯爵位は継げなかったが(父方の従兄弟が受爵)、父がフランスで築いた財産や所有物件、美術コレクション等はすべて彼が相続した。
息子のリチャードは晩年、父が収集した選りすぐりのコレクションとともに英国に渡り、ハートフォード・ハウスへ転居。ヨーロッパ各国の美術品を購入してコレクションをさらに充実させ、ハートフォード・ハウスを住宅兼プライベート・コレクションのギャラリーにするため、大改装を行った。彼が亡くなった後、膨大な美術コレクションは邸宅とともに国に寄贈され、1900年に一般公開を目的とした美術館がオープンすることになる。この際に同館にあらためて命名されたのが、リチャードの姓にちなんだ「ウォレス・コレクション」だった。
 ロンドン中心部にある元貴族の邸宅で、しかも入場無料で豪華な美術品を堪能できるウォレス・コレクション。まもなく開館120年を迎える同館に、ショッピングの途中にでも、ぜひ立ち寄ってみてはいかがだろうか。

大中央階段のあるフロントホール

グレートギャラリー

フラゴナールの名作「ぶらんこ」が飾られたオーヴァル・ドローイング・ルーム

グリーン・ドローイング・ルーム
写真はすべて © The Wallace Collection
これを見逃すな!

編集部おすすめコレクション Best5

ルイ15世時代のセーブル磁器

Vase and Cover, Sèvres porcelain, c.1770. © The Wallace Collection
ルイ15世や愛妾ポンパドゥール夫人が愛したセーヴル焼。鮮やかな色彩とロココ様式の絵画装飾が特徴。この古代ギリシャ・ローマ式の壷には、水浴する女性が描かれている。天国を表すとされる「ヘブンリー・ブルー(heavenly blue)」が美しい一品。

金細工のかぎたばこ入れ

Snuffbox, Jean Ducrollay, 1744. © The Wallace Collection
18世紀半ばのフランス製の「かぎたばこ」を入れるケース。ホタテ貝の形をしており、クジャクの羽の意匠が優雅。火をつけずに粉末たばこの香りだけを楽しむのが、17~18世紀のフランス宮廷で流行した。

宮廷画家フラゴナール「ぶらんこ」

Jean-Honoré Fragonard, The Swing, c.1767 - 1768. © The Wallace Collection
フラゴナールの代表作。ふわりと広がるドレスからのぞく絹の靴下に包まれた女性の足と、絵画の注文主と思われる男性の表情がエロチック。注文主のお気に入りの愛人をモデルに描かれたもので、当時としてはきわどいテーマの作品。

ルイ14世様式のキャビネット

Cabinet, Attributed to Andrè Charles Boulle, c.1670 - 1675. © The Wallace Collection
17世紀フランスの人気家具職人、アンドレ=シャルル・ブールによる木製キャビネット。べっ甲、真珠貝、象牙などを使用した花や植物柄の装飾が華やか。足元には「夏」と「秋」を表現したブロンズの女神像が飾られている。高さ186.7センチ。

ルネサンス時代のブロンズ彫刻

Seated Nymph, Attributed to Giovanni Fonduli da Crema, late 15th century. © The Wallace Collection
イタリア・ルネサンス期の彫刻家ジョバンニ・フォンドゥーリによる「座るニンフ」。ニンフとは森の精霊のこと。15世紀後半~16世紀初頭に制作され、彼のブロンズ像で唯一現存する作品といわれている。
ガラス張りの天井!

中庭で優雅なティータイム

ガラス張りの天井で明るく広々とした中庭(コートヤード)に、白とピンク色をテーマにした可愛らしい雰囲気のカフェ&レストランがある。朝10時からオープン、アフタヌーンティー(シャンパン付きもあり)&クリームティーは14:30~16:30まで。フランスで人気のある南部鉄器風ティーポットで紅茶が提供されるのが、このカフェ&レストランの特徴。ちなみに、金・土曜の夜はディナーメニューもあり、星空の下でフランス料理を楽しめる(夜11時まで、要予約)。

アフタヌーンティー(写真右、© Peyton and Byrne)はロンドンでは珍しく£18.50という格安で提供。また、スコーン&紅茶のみのクリームティー(同左)は£7.50。

Travel Information

※2017年11月14日現在

The Wallace Collection/ウォレス・コレクション

Hertford House, Manchester Square, London W1U 3BN
Tel: 020 7563 9500
www.wallacecollection.org
開館日:年中無休10:00~17:00(12月24日~26日を除く)
入館料:無料
アクセス:ボンド・ストリート駅から徒歩8分

期間限定エキシビション

El Greco to Goya: Spanish Masterpieces from The Bowes Museum(エルグレコからゴヤまで:バウズ美術館所蔵スペイン巨匠絵画展) 2018年1月7日まで、無料

© The Wallace Collection

週刊ジャーニー No.1010(2017年11月16日)掲載