言葉より動きで伝える 政治への挑戦

チャップリンは、1932年6月に世界旅行から米国に戻るが、ハリウッドは無声映画からトーキーの時代へと移り変わっていた。1936年にチャップリンは自ら作曲の音楽をつけた『モダン・タイムス(Modern Times)』を製作するものの、トーキーではない作品に世間の評価は厳しかった。日本でも最初の来日後にチャップリンの評価は急落した。彼の映画はもはや時代遅れになってしまったのだ。
チャップリンの作品は無声映画がほとんどだが、トーキーを軽蔑していたのではなく、チャップリンの作り出したキャラクター=放浪者のイメージが声で崩れることを危惧したためといわれている。
「もし、わたしがトーキー映画を創っても、到底あのパントマイム芸術を超えることはできないだろう。『チャーリー』を殺すことは僕にはできない」
言葉よりも動きの方が正しく理解される、と信じていたチャップリンだからこそ、あくまで無声にこだわっていたということだろう。
『モダン・タイムス』では、過酷な状況で生きる貧者や労働者を描き、人間の機械化に反対したが、この頃から彼は米国の急進的な左右両派からの批判を浴びるようになった。極貧の少年時代を送った影響で、チャップリンは政治問題に大変な関心を持っていた。そのうえで、ファシズムの勃興と暗殺の標的として狙われた日本での体験は、チャップリンにあるアイディアを抱かせる。1938年、満を持して、戦争・ファシズムを批判する、チャップリン初のトーキー映画『独裁者(The Great Dictator)』の製作を発表するのだ。
当初、チャップリンはナポレオン皇帝を主人公にした悲喜劇を作ろうと思っていたようだが、それをボツにして『独裁者』の製作を決意した。1939年、ヒトラー率いるナチスドイツがポーランドに侵入し、第二次世界大戦が勃発した直後に撮影を開始。1940年10月に米国で公開されたが、当然のことながら戦前の日本では公開されず、日本では1960年になって初めて公開されたという。
映画の終盤にある演説は、もともと台本にはなく、当初はドイツ兵士とユダヤ人が一緒にダンスをするというラストだったとされている。しかし、独裁者に対する怒りを表現するために台本を書き換え、6分もの長さの大演説となった。製作当時、米国ではナチスドイツを反共主義の国として肯定的な見方をする向きも多く、不況を克服した政治家としてヒトラーを英雄扱いする傾向にあったといわれ、『独裁者』の演説シーンは賛否両論を呼んだ。
また、当時はチャップリンがユダヤ人という説がまことしやかに流れたというが、チャップリンは実際にはユダヤ人ではなく、アイルランド人とロマ(ジプシー)の血を引く。異父兄のシドニーがユダヤ系のクオーターと主張していることが関係しているといわれていたが、当のチャップリンは「ユダヤ人と思われて光栄だ」などと語っていたという。ちなみに、チャップリンとヒトラーは同い年で、誕生日もわずか4日違い。ヒトラーにも一時期ユダヤ人説が流れたこともあわせて、ふたりにはさまざまな共通点があるが、その理想はまったく異なる方向にあったといえよう。

チャップリンの先見の明が光る 『独裁者(The Great Dictator)』

おそらく、チャップリンの作品のなかで最も有名なのが、この『独裁者』だろう。チャップリンが監督・製作・脚本・主演を務め、ヒトラーとナチズムを風刺した作品で、チャップリンが最初に製作したトーキー映画として知られる。
本文で述べたように製作当時はヒトラーの人気も高く、人々はなぜチャップリンがヒトラーを風刺するのか不思議がったが、後に彼の先見の明が証明されることになった。
ストーリーは、架空の国トメニアの陸軍二等兵である床屋の店主チャーリーが主人公。独裁者のヒンケルが圧政を行うこの国で、ユダヤ人のチャーリーは迫害を受けながらも隣国に脱出。しかし、ヒンケルと容姿がそっくりだったことから、チャーリーはヒンケルに間違えられ、再びトメニアに連行されるが、ヒューマニズムと民主主義を訴える演説を行い=写真上、民衆から大喝采を受けるという内容だ。
戦争を憎み、平和の尊さを伝える本作は、商業的に最も成功したチャップリン作品となっている。

その他の主な作品

『ライムライト Limelight』では、老いた喜劇俳優の悲哀を演じた。1914年の第1作『成功争ひ(原題:Making a Living)』から1967年の『伯爵夫人(A Countess from Hong Kong)』(監督のみで出演はなし)まで、チャップリンは40余りの作品を手がけている。初期は短編映画が中心で、中期以降は中編や長編が多くなる。そのなかでも有名なのは、ファースト・ナショナル時代の『キッド(The Kid)』(1921年)、ユナイテッド・アーティスツ時代の『黄金狂時代(The Gold Rush)』(1925年)、『街の灯(City Lights)』(1931年)、『モダン・タイムス(Modern Times)』(1936年)、『独裁者(The Great Dictator) 』(1940年)、『ライムライト(Limelight)』(1952年)など。

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