◆◆◆ アリスとの出会い ◆◆◆

 


キャロルが撮影した7歳のアリス・リデル。1860年撮影
  母親との関係は希薄だったが、キャロルにはお気に入りの叔父がいた。名をスケフィントン・ラトウィッジ(Skeffington Lutwidge)という。彼は母親フランシスの弟にあたり、法廷弁護士としてロンドンに暮らしていた。彼は鷹揚なキャラクターで、新しもの好き。当時発明されたばかりの望遠鏡や顕微鏡といった光学機器に多大な興味を持ち、彼の情熱はキャロルにも伝わった。やがて彼はこの叔父から写真の技術を学ぶことになる。
1852年、20歳のキャロルはまだ学部生だったが、数学の試験で「第1級」を獲得し、特別研究生の地位を得る。この地位を得た者は生涯クライスト・チャーチに留まり、年俸をもらいながら自由な研究をすることを保証されることから、キャロルにとってはまたとないチャンスの到来であった。かつて、彼の父親であるチャールズ・ドジソンもこの資格を得たことがあったが、彼はほかの有資格者同様、数年でこの身分を放棄した。というのも、特別研究生であり続けるには、聖職の資格を取らなければならないうえに、独身でいることも条件のひとつだったからだ。しかし、ルイス・キャロルはこの身分を放棄することなく、生涯クライスト・チャーチに留まり続けることになる。
1854年に学士号を取得した彼は、正式な数学教授になる試験にも合格し、本格的にクライスト・チャーチに腰を落ち着ける。この時ルイス・キャロルはまだ23歳だった。翌年、保守的で知られる学寮長(クライスト・チャーチの最高運営責任者)が老齢のため死去。新たに赴任してきたのは名門ウェストミンスター・カレッジで校長を務めていた44歳のヘンリー・ジョージ・リデル(Henry George Liddell )であった。若くカリスマ的な魅力に溢れるリデルは、次々に校内システムの改革を行う。キャロルも改革に伴う議論にスタッフの一員として参加したという。だが、キャロルに最も大きな影響を与えたのは校内改革ではなかった。リデルは妻と4人の子供たち―長男のハリー、そしてロリーナ、アリス、イーディスの3姉妹―を伴いオックスフォードに赴任してきたが、この次女のアリス・リデルこそ、やがて『不思議の国のアリス』誕生のきっかけとなり、キャロルの人生を大きく変える存在となるのである。
この頃キャロルの新し物好きの叔父は、持ち前の好奇心で新しい写真技術をマスターしていた。忠実な聞き手であるキャロルに、早速その技術を披露したのはいうまでもない。当時の写真はまだ発明されてから日も浅く、撮影や現像に大変な労力と時間が費やされていた時代である。だが元来細かい作業を厭わない性格のうえ、叔父の影響を受けたキャロルは、自らもカメラを購入。被写体は、かねてから考えていたリデルの幼い子供たちであった。
キャロルは当初長男ハリーの美しさに驚き、「今まで会った中で一番ハンサムな少年だ」として家族に撮影許可を貰った。最新機器である「カメラ」の被写体になるということは、子供たちばかりではなく、家族全員にとっても新鮮な出来事であったに違いない。親としても、我が子の幼い肖像を手元に残せる貴重な機会だったはずである。こうしてキャロルとリデル一家との交遊が始まった。