寂しさか、達成感か

 

母にとって、
まず1番は国。
私たちは2番目なの

 

 2000年頃から認知症を患っていたことを、のちに娘キャロルが公にしている。繰り返し起こる脳卒中と、認知症に悩まされていたサッチャー。医師のアドバイスにより、2002年以降に公の場で話すことをやめた。そしてその翌年、政治家の夫として長きにわたって彼女を支え続けたデニスが88歳で他界。結婚生活は52年に及んだ。深い悲しみに包まれたサッチャーの症状は、悪化の一途を辿り、近年は、デニスが亡くなった事実を忘れることもあった。
昨年12月のクリスマス以降、ロンドン中心部のホテル「ザ・リッツ」で過ごしていた。1970年頃、尊敬してやまなかった父が最期のときを迎えようとしていた時期に、サッチャーは帰省している。親しい友人らが続々と父を訪ねてきたのを目の当たりにし、「自分も人生の終わりにはこのように多くの親友に恵まれていればいい」と思ったと自伝に記している。だが、政治家としての生涯は、その希望が叶うことをサッチャーに許さなかった。自分が死を迎えようとしている今、愛する夫に先立たれ、ふたりの子供の姿はそこにはなかった。娘キャロルが「母にとって、まず1番は国。私たちは2番目なの」と、母親の愛情を十分に受けることができなかった悲しみを告白している。サッチャー自身も晩年「私はいい母親ではなかった」という後悔の念をもらしていたという。
認知症を患ったサッチャーの心に最後にあったものは、寂しさか達成感か、それとも、愛する英国の輝かしい未来か。
サッチャーの行った政策によって、英国は大きく変化した。夢を与えられたと感謝する人もいる一方で、生活をつぶされたと嘆く声も根強い。
しかし、「英国病」とさげすまれ、瀕死の状態にあった母国を救うために奮闘し、強固な信念で国民を率いたひとりの女性政治家の名は、英国の歴史と人々の心に深く刻まれている。

 



セント・ポール大聖堂で行われた葬儀に参列するエリザベス女王。
女王が首相の葬儀に参列するのはきわめて稀で、ウィンストン・チャーチルの葬儀以来となった。
© PA/photo by PAUL EDWARDS

 



「サッチャーの葬儀が国葬級の規模で開催される一方、
街角では、死を喜ぶ一部の市民の姿が見られた。

 

サッチャーと ハンドバッグ
 『女性初』の英国首相としてフェミニズムの推進に貢献したと考えられてもおかしくはない。しかし実際は、「女性解放運動に対して義務はない」と述べているサッチャー。女性の権利を主張するよりは、むしろ女性であることを『武器』にしていた節も見られる。
封建的な男社会で力を発揮したが決して『男勝り』ではなかったことは、マーガレットの外見によく現れている。決してパンツ・スーツを着用せず、スタイリストを頻繁に官邸に呼んでおり、髪は常に綺麗に整えられていた(余談だが、スプレーでビシっと固められた髪型は、まるで『ヘルメット』のようで、彼女の信念のように『ぶれない』と冷やかされている)。夫デニスから贈られた真珠のネックレスを愛用。さらに女性らしさを表すかのように、いつもハンドバッグを手にし、それは彼女のシンボルとなっている。ちなみにオックスフォードの辞書にはマーガレット・サッチャーに由来するものとして、handbagの動詞の意味が記載されている。「handbag =〈動〉言葉で人やアイディアを情け容赦なく攻撃する」。