保守党のニューリーダー『鉄の女』誕生

 1973年10月に勃発した第四次中東戦争は、教育相だったマーガレットを思わぬ方向へと導いていく。
アラブ産油国による石油輸出の制限、価格の引き上げにより、世界中が石油危機に陥っていた。英国も例には漏れていない。物価が激しく上昇し、賃上げを求めたストライキが頻発する中で、保守党ヒース政権は力を失い、ついには労働党に政権を奪われる結果となった。当然、党首エドワード・ヒースのリーダーシップに対する不信感が党内に強まっていった。
そこで一部の議員の間で白羽の矢が立ったのが、まもなく議員生活15年を迎えようとしていたある女性だった。教育相という立場で自らの信念を貫く姿が党内で注目を集めていたマーガレットその人である。
とはいえマーガレットには戸惑いがあった。外相や内相などの重要ポストに就いたことのない自分にはまだ経験が足りないと認識していたからだ。最終的に出馬を決めて、デニスに伝えたときも、彼は「正気とは思えない。勝てる望みはないんだよ」と言ったほどである。保守党は野党に下ってはいたものの、2大政党のひとつであり、党首はいずれ首相になる可能性もある。容易でないのは百も承知だ。しかしそれでもなお、マーガレットの心を突き動かし、党首選挑戦の考えを固めさせたのは、保守党の将来はおろか、国の将来をヒースにはゆだねられないという、妥協できない救国の意志だった。
マーガレットの党首選への出馬宣言は、男社会である政界で、一部の人からは「まさかあの女が」と嘲笑を買った。マーガレットは「皆さん、そろそろ私のことをまじめに考え始めてもいいのではないですか」と皮肉を込めていったこともある。これがどのくらい効き目があったのかは不明だが、頑として自分の信念を貫くマーガレットの出馬は、次第に現実味を帯びていき、真剣に受け止められるようになっていった。
1975年2月、ヒース優勢が伝えられる中の投票日。予想を覆し、マーガレットがヒースを上回る票を獲得。しかし、その差は必要数に届かず、2度目の投票が行われることになった。ヒースは出馬を断念。新たに4人が名乗りをあげたが、圧倒的な差をつけて選ばれたのは、マーガレット・サッチャーだった。こうして党の運命が託されたのである。
マーガレットは西側の資本主義陣営と敵対していた旧ソ連との交友関係を深めようとしていた、労働党政権を痛烈に批判。彼女の勢いは旧ソ連にまで伝わり、現地メディアはお返しと言わんばかりにマーガレットを非難。新聞には『鉄の女』の見出しが躍った。
ミルク騒動を経験し、メディアからさんざん悪口をたたかれてきた鉄の女にとっては、痛くも痒くもない。それどころか、その響きが、ちょっとやそっとではへこたれない人間であるという印象を世間に与えたことは、むしろ喜ばしく、すっかり気に入ってしまった。そして自分のスピーチでも『鉄の女』を引用。そのふてぶてしさは、党内の同僚たちにとって頼もしい存在に映った。

 

首相になるのは私 秘密の卵ダイエット
  首相に就任する数週間前、マーガレット・サッチャーは、選挙とは別の闘いにも挑んでいた。それは2週間短期集中『卵ダイエット』。マーガレット・サッチャー財団が公開した資料により明らかになっているこのダイエット法は、卵、コーヒー、グレープフルーツを中心にした、食事コントロール・ダイエット。1週間で食べる卵の数はなんと28個。日本で10年ほど前に流行した『国立病院ダイエット』に似ており、体験済みの人もいるかもしれない。
注目される機会が増えることを念頭に実践したとされるが、自分が首相に選任されることへの強い自信もうかがえる。ダイエットのかいあって見事9キロの減量に成功。総選挙でも保守党を勝利に導き、すっきり晴れやかに官邸前で報道陣のフラッシュを嵐のごとく浴びることになった。

●1日のメニュー例
[朝食]グレープフルーツ、卵1~2個、ブラック・コーヒーまたはティー
[昼食]卵2個、グレープフルーツ
[夕食]卵2個、サラダ、トースト、グレープフルーツ、ブラック・コーヒー