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本当にやりたいこと

 1943年10月、18歳を迎えようとしていた頃、オックスフォード大学のサマビル・カレッジに入学した。専攻したのは化学。この分野の資格を取ることで、将来、安定した生活が保証されると考えたからだ。
しかし入学後すぐ、学業の傍ら大学の保守党協会に入会したことにより、マーガレットは鉄が磁石に引き寄せられるかのように政治の世界へ引き込まれていく。
協会活動を通して、同じように政治に関心を抱く人々との出会いが始まった。ダイナミックに広がる交友関係は、小さな町で育った若者には刺激的で、すべてが輝いていた。雄弁術を学んでは仲間と昨今の政治問題について意見交換し、議論を重ねる。ときには選挙集会などの前座として演説を行った。聴衆からの批判的な質問に対し、その場で自分の中から答えを手繰り寄せ、意見を述べていく。そうしたやり取りの躍動感を味わうことは貴重な経験だった。
その頃、地元グランサムで尊敬する父に起きていた変化は、マーガレットにとっては運命としか言いようがない。「人々がより働きやすい世の中にしたい」という信念を胸に市会議員として政治に携わっていた父が、グランサム市長に選ばれたのだ。幼い頃に学業の道を閉ざされ、努力と勤勉の末にその座に就いた父と連れ立って、地方議会や裁判所などを訪れるうちに、政治への関心は異常なほどの高まりを見せる。学生生活最後の年には保守党協会の代表を務めるまでになっていた。
そして政治家としての人生を明確に意識させた瞬間がついに訪れた。
大学卒業を目前に控えたある日のことだ。ダンス・パーティーに訪れたマーガレット。終了後、泊まっていた家のキッチンで宿泊客らが集まって話をしているのを見て、自分もその輪に加わり、政治の話を始めた。
国のあり方や政策について、堂々とあふれんばかりの情熱で語るマーガレットの様子を目の当たりにした男の子がこう質問した。
「君が本当に望んでいるのは、国会議員になることだろう。そうじゃないのかい?」
するとマーガレットは無意識のうちに「そうよ、それが私の本当にやりたいことなの」と答えていたのだ。
これまで彼女自身が政治家になることを意識しなかったのは意外なことかもしれない。しかしこのとき、胸のうちに秘められ、ぼんやりとくすぶっていた野心を、手に取るようにはっきりと、そして初めて意識したのだった。

国会議員の候補者に

 1947年に化学の学位を修め、大学を卒業すると、イングランド東部エセックスにある化学関連の会社に就職。一方で政治家への道を模索するという日々が始まった。女性政治家の存在は珍しく、かつ取り立てて有力なコネクションがあるわけでもないマーガレットにとって、政治家になるという目標は、はるか遠い夢のように思われることもあった。そんなときは、いつも独学で市長になった父の姿を思い浮かべた。
2年が経とうとしていた頃、選挙への出馬の足がかりを手探りで求めていたマーガレットのもとに幸運が訪れる。大学時代からの友人の紹介で、イングランド南東部ケントのダートフォード選挙区から出馬できるチャンスを手にし、候補者に決定したのだ。24歳だったマーガレットは、最年少の女性立候補者ということで、国内外で大きな話題を呼んだ。1950年と51年の2度、同地区で選挙を戦ったが、結果はどちらも落選。しかし選挙期間中、運命の出会いが訪れた。


1950年と51年にダートフォード選挙区より出馬。選挙活動を行うマーガレット。
初の選挙活動は想像以上に彼女を疲労困憊させるものだった。© PA

人生最高の決断

 1949年2月、選挙集会後に開催された晩餐会でのこと。保守党支部の有力者に囲まれ、政治家の卵としてまだまだ未熟なマーガレットに熱い視線を送る人物がいた。10歳年上のビジネスマン、デニス・サッチャーだ。
デニスは政治に強い関心があったばかりか、家業は塗装・化学関連の会社。化学を専攻していたマーガレットとの共通の話題は豊富だった。ロマンチックなトピックとは言えないが、選挙区の集まりでときどき顔を合わせ、意見をかわすうちに、ふたりだけで会う機会も増えた。ソーホーにある小さなイタリアン・レストランや、ジャーミン・ストリートの「L'Ecu de France」など、お気に入りのレストランに出かけ、デートを重ねていく中で、デニスの知的さ、気さくでユーモアにあふれた性格は、マーガレットの心を徐々に捉えていく。そして、デニスがプロポーズをするに至ったことは、自然の流れだった。
「僕の妻になってくれないだろうか」
ところが、マーガレットの関心事は、一にも二にも政治。彼女の人生設計の中で、結婚というものはあまりピンとくるものではない。
「私は政治家になりたい。だから普通の奥さんのようになれない…」
「もちろんわかっているよ。そんな君だからこそ一緒にいたいんだ」
全力で選挙活動をサポートしてくれた彼の、自分を想うまっすぐな気持ち。答えを出すのに長い時間を必要とした。しかし考えれば考えるほどに答えはひとつしかないことが明確になっていく。マーガレット・ロバーツは、マーガレット・サッチャーとしてデニスとともに新たな人生を歩むことを決意。これは、彼女が人生において下した数々の決断のなかでも、最高のものとなる。
ふたりの間には子供が誕生した。しかも男女の双子。母親としての仕事で多忙を極めるが、父親譲りで向上心の強いマーガレットの学習意欲はとどまることを知らなかった。家事・育児の空いた時間を利用して、政治家として必要な素養のひとつ、『法律』の勉強に励むことを決めた。そして法廷弁護士(バリスター)資格を見事取得してのけたのだった。この時期に身につけた法的な物事の考え方、知識が、政治家としての大きな財産となったことは言うまでもない。


1951年12月にロンドン西部にあるウェスリーズ・チャペルで結婚式を挙げた。
マーガレット26歳、デニス36歳。© PA