小さな町の食料雑貨店の娘

 部屋に差し込む木漏れ日がやさしく揺れていた。下の階からは絶え間なく話し声が聞こえてくる。「今日はイチゴがおいしそうね。ひと山もらっていこうかしら。それから卵もお願い」。
この店の店主を務めるアルフレッド・ロバーツ(Alfred Roberts)の子供時代の夢は、教師になることだった。ところが家族には、彼に学業を続けさせるだけの経済的なゆとりがなく、13歳で学校を中退。家計を支えるためにパブリック・スクールの菓子売店で働くことになった。残念なことだったがそれは嘆いても仕方のないこと。夢をあきらめ、食品業界内で何度か転職した後、婦人服の仕立ての仕事に就いていたビアトリス・スティーブンソン(Beatrice Stephenson)と出会い、25歳で結婚。ふたりは借金をして、ロンドンから北へ160キロほど離れたイングランド東部リンカンシャーの田舎町グランサムに、小さな食料雑貨店を開いた。
マーガレット・ロバーツ(のちのマーガレット・サッチャー)は、この一家の次女として生まれた。今から88年前の1925年10月13日のことである。家族は交通量の多い十字路に面したこの店の2階に居を構えていた。家族や従業員がせわしく動き回る音、棚の埃をはたくリズム、買い物に訪れた人々のおしゃべりなど、物静かな赤ん坊だったマーガレットの耳に心地よく響いていたに違いない。
2年前に一家は2号店をオープンさせており、両親はいつも忙しく立ち働いていた。物心がつくころにはマーガレットも店に出て、商品を並べる手伝いをするようになる。真面目で仕事熱心な父の店が平凡な店ではないことは、幼いなりにもよくわかった。ピカピカに磨かれた陳列棚。果物やスパイスのフレッシュな香り。店は、最高の商品を提供しようとする父のこだわりと、丁寧なサービスで満たされていた。
地元の人々は、一家が店の2階に住んでいることを知っており、営業時間外でも、食材を切らした人がドアをノックすることもたびたびあった。一家の生活は常に商売とともにあったが、かといって、マーガレットが家族の仕事のために犠牲を強いられたかというと、そうではない。一家のために働くことは当然のことであったし、それについて家族の誰も愚痴をこぼさなかった。



「グランサム(Grantham)にあるマーガレットの生家=写真右。1階に父が経営する食料雑貨店、2階には住居があった。
外壁には生家であることを示すプレートが掲げられている=同上。© Thorvaldsson

大切なことは父から教わった

 両親ともに宗教心が強かった一家の生活は、キリスト教の教派のひとつ、メソジスト主義に従って営まれた。メソジスト(Methodist)とは、時間や規律を守って規則正しい生活方法(メソッドMethod)を重んじる教派だ。
日曜は朝から姉ミュリエルとともに日曜学校に参加し、その後、午前11時に一家そろって礼拝へ。午後になると子供たちはまた日曜学校に戻り、両親は日曜夕拝にも参加していた。
両親が実践する真面目な規則や、日曜日に家族で教会へ行かなければならない生活は、育ち盛りの普通の子供には退屈で、抵抗しようと試みたこともある。
あるとき、友達がダンスを始めたのをきっかけに、自分もダンスを習いたいと、父に話したマーガレット。すると父はこう答えた。
「友達がダンスをしているからお前も習うというのかい? よく聞きなさい。誰かがやっているからという理由で、自分も同じことをするのは間違っている。自分の意思で決めることが大切だよ」
友達と一緒にどこかへ出かけたいとき、映画を見に行きたいとき、父は教訓のように「他の人がやるからというだけの理由で、何かをやってはいけない」と口にした。それが本当に大切なことだと気づくまでにしばらく時間がかかったが、マーガレットの中には、厳格な父の教えがひとつひとつ植えつけられていった。

他の人がやるから
というだけの理由で、
何かをやってはいけない

 

政治への扉

 真面目で働き者、地元の人から厚い信頼を寄せられていた父は、町一番の読書家としても知られていた。子供の頃に進学することは叶わなかったが、歴史、政治さらに経済などの本を読み、独学で知識や考え方を身につけていた。一家が自営業であったおかげで、父と多くの時間を共有できたこともあり、勤勉な姿勢はマーガレットに受け継がれていく。図書館へ行き、自分と父が読む本を抱えきれないほどに借りてくることもしばしばあった。
10代前半には毎日のように「デイリー・テレグラフ」紙を読み、ときには「タイムズ」紙にも目を通した。1930年代に英国を襲った大恐慌は、グランサムの町には比較的軽い影響を与えただけで済んだものの、マーガレットに社会で起こっている出来事に関心を抱かせるのには十分すぎることであった。
第二次世界大戦が始まった1939年には14歳。戦争の背景も理解できるようになっていた。一家で囲む食卓は、戦争や政治について、父に質問を投げかける絶好の場所。父と重ねる議論に際限はなく、またどんな質問にも回答を導き出そうとしてくれる父との濃厚な時間が、マーガレットの心を政治の世界へと向かわせるのはそう難しいことではなかった。
また同じ頃、父が買ってきたラジオから流れてくる、当時の首相ウィンストン・チャーチルの演説に触れたことも印象深い思い出だ。聴き入るうちに、「英国国民にできないことはほとんどないのだ」という母国への誇りが心の中に生まれたのをよく覚えている。とはいっても、まさか自分がチャーチルと同じように国を率いる立場になろうとは夢にも思っておらず、政治家としての将来を意識するのはもう少し先の話である。


第二次世界大戦の英雄と言われる当時の首相ウィンストン・チャーチル。
マーガレットは、「国をなんとしても守り抜く」というゆるぎないリーダーシップに触れ、
母国への誇りを抱いていった。