◆◆◆ 半クラウン硬貨の希望 ◆◆◆


 


ライム・リージス近郊の岸壁。このような地滑りが起こると、化石が地表に姿を現すことがある。©Ballista
 幼いうちから他人の屋敷に使用人として奉公に出され辛い思いをする子供たちもいた中、仕事とはいえ父親と共に海辺に出掛けることのできたアニング家の子供たちは、宝探しでもするように化石探しを楽しんだ。つましい生活ながらも、幸せだったといえるかもしれない。しかしそんな日々は長くは続かなかった。
1810年の冬、結核を病んでいたにもかかわらず、体にむち打つようにいつもの海辺に出掛けた父リチャードは崖から転落、44歳の若さで命を落としてしまう。
働き手を失った家族に残されたのは多額の借金ばかり。メアリーはこのとき11歳、兄ジョセフもまだ手に職はなく一家の大黒柱になるには若過ぎた。そして教会の救済金に頼るまでに困窮した一家は、サイドビジネスだった化石屋に活路を見出そうとする。母モリーと子供たちは連日のように海辺へと向かい、化石を探しては自宅で販売するだけでなく、町の馬車発着所で売り歩き、細々と生計を立てることになる。
父を奪った海岸での作業は、幼い子供たちにとって肉体的にも精神的にも決して容易なものではなかったが、子供たちは化石店の切り盛りと家事に忙しい母を置いて、単独で採集にでかけることもしばしばだった。
そんなある日、海岸で掘り出したばかりのアンモナイトを手にしたメアリーを呼び止めた女性が、半クラウン硬貨(5シリング、60ペンスに相当)でそれを買い上げる。当時、半クラウンあれば一家の1週間相当の食料を手に入れることができた。

パリの自然史博物館に展示されている、メアリーが発見したプレシオサウルスの化石(© FunkMonk)。右側は、そのスケッチ。
  母親に硬貨を手渡したメアリーのつぶらな目は、一人前の稼ぎを手にした誇りと喜びに輝いていた。この出来事がメアリーに本格的に化石ハンターとして活躍するきっかけを与える。
化石を買った女性は地主の妻で、メアリーに雑用を頼み小遣いを与えるなどして、日頃からアニング家の様子を気遣っていたようだ。また知的好奇心が旺盛であるメアリーに対して、ただの化石拾いに終わるには惜しいと思っていたとも考えられる。メアリーに初めて地質学の本を与えたのもこの婦人であったという。
その後、独りでこつこつと地質学や解剖学を身につけていったメアリーは、自分の化石が最先端の科学に関わっていることを知り、さらなる情熱を傾けていく。メアリーにとって化石はすでに「食べていくため」だけの商品ではなくなっていた。
 

◆◆◆ 最初の大発見 ◆◆◆


 


採掘にいそしむメアリーの姿を描いたスケッチ。
 メアリーの運命を決定づける出来事が起こったのは、父の死の翌年となる1811年の冬(1810年の暮れという説もある)のことだった。
冒頭でご紹介したようにジョセフとメアリーは崖の中から1メートル余りにも達する、古代生物イクチオサウルスの頭骨化石を掘り出したのだった。この頭骨部分だけでも偉大な発見であったが、メアリーはその後も1年以上粘り強く残りの体部分を探し続け、地滑りで地層が露わになった崖の中ほど30フィート(約9・14メートル)の高さから、ついに残りの体部分(全長約5・2メートル)を発見し、兄と作業員の助けを借りみごと発掘に成功する。 イクチオサウルスの化石自体は、1699年にウェールズですでに発見されていたが、彼女が発見したのは世界初の全身化石であった。
思いがけない大物を掘り当てたメアリーの興奮はいかばかりのものだっただろうか。ニュースを知ったオックスフォード大学の地質学者・古生物学者のウィリアム・バックランドはさっそくアニング家へと調査に訪れる。化石の『体内』にはまるで昨日の出来事のようにこの生物が食べていた魚の残骸までもが残されていた。人々はこの謎の化石を南国に生息する「クロコダイル」のものであると信じていたが、この頭骨化石がクロコダイルと骨格的に大きく異なることに気付いていたメアリーは、その詳細をスケッチに書き記していた。