◆◆◆ 生涯の友人たちとの出会い ◆◆◆


 


ヘンリー・トマス・デ・ラ・ビーチ卿(Sir Henry Thomas De la Beche、1796~1855)。地質学者として活躍した。
 メアリーの化石、そして古生物学に対する情熱は父から、そしてライム・リージスにやってきた様々な人々との出会いによって形作られていった。中でも、メアリーがほんの幼女だった時分にこの地に引っ越してきたロンドンの裕福な法律家の娘たち、フィルポット3姉妹の存在は大きい。
兄がライム・リージスに屋敷を購入したのに伴いやって来た、メアリー、マーガレット、エリザベスのフィルポット3姉妹は、いずれも熱心な化石コレクターで、彼女らにとってこの地は宝箱のような場所であった。
幼かったメアリーは、自分より20歳も年上で身分も高い彼女らと化石を介して出会い、中でもエリザベスと親交を深め毎日のように化石探しに出掛けるようになる。また2人の友情はメアリーが成長するにつれ、高名な地質学者ウィリアム・バックランドをはじめとしたそうそうたる学者たち、そして彼らの妻たちとの交流につながっていった。その中にはバックランド夫人のメアリー・モーランド、またロデリック・マーチソンの妻シャーロットのように学者の妻であるだけでなく、自身もその分野に精通した女性たちが少なくなかった。
女性で、かつ身分の低いメアリーと、男性ばかりの「お偉方」学者サークルの間で、階層的に上の女性たちがクッション的役割を果たす。男社会の学会でスポットが当たりにくかったとはいえ、フィルポット3姉妹の属する女性グループが、後年、メアリーのキャリアの大きな助けとなったことは想像に難くない。
そしてもう1人、10代のメアリーの人生に大きな影響を与えることになった人物がいる。のちにロンドン地質学会の会長をつとめることになる、若き日のヘンリー・デ・ラ・ビーチ卿だ。裕福な軍人の家系に生まれたものの、地質学へと傾倒した彼は多感な思春期にメアリーと出会い、共に化石探しに夢中になり、生涯にわたって友人関係を保ち続ける。
メアリーの経済状態が悪化した際には、自らが描いた古代生物のスケッチを売るなどして彼女への援助を惜しまなかったのも彼であった。だが学問への情熱を介して生まれた友情とはいえ、まだまだ保守的だった時代に若い男女が連れ立っていれば様々な憶測を呼ぶのは致し方のないところで、2人の関係はたびたび人々の話題に上ることとなる。ほとんどは根も葉もない噂であったかもしれないが、生涯独身で通したメアリーと3歳年上のデ・ラ・ビーチ卿との間に淡い恋心があったとしても不思議ではない。真相は当事者のみぞ知る、というところだが、少なくともメアリーは、探求者にありがちな孤独なだけの人生を歩んだわけではなかったと言って良さそうだ。

 

メアリーと関わった同時代の学者たち

ジョルジュ・キュビエ(1769~1832)
Baron Georges Leopold Chretien Frederic Dagobert Cuvier
フランスの博物学者、解剖学者。地層の形成や時代によって異なる化石生物の存在は、天変地異によってその時代の全生物がほぼ死滅し、その後新たに創造されるという過程が繰り返されたためとする「天変地異説」を唱え、進化論と対立する立場をとった。

ウィリアム・バックランド(1784~1856)
William Buckland
イングランドの聖職者、地質学者、古生物学者。ヨークシャーのカークデール洞窟で発見された化石群の研究などで有名。メガロザウルス(斑竜・はんりゅう)の命名者。オックスフォード大の名物教授として知られた。1829年、学会でメアリーの功績を褒めたたえた。

チャールズ・ライエル(1797~1875)
Charles Lyell
スコットランド出身の地質学者、法律家。バックランドのもとで学ぶ。天変地異説と対立する、自然の法則は過去・現在を通じて不変とする「斉一説」を示した『地質学原理』を出版、チャールズ・ダーウィンの自然淘汰説に大きな影響を与えた。

アダム・セジウィック(1785~1873)
Adam Sedgwick
イングランドの地質学者で近代地質学の創始者の1人。地質年代の「デボン紀」「カンブリア紀」の名称を提案。『種の起原』を記したチャールズ・ダーウィンの恩師でもあり、ダーウィンとは文通を通し生涯にわたって友好的な関係を保つ。

ルイ・アガシー(1807~1873)
Jean Louis Rodolphe Agassiz
スイス出身、米ハーバード大学で活動した海洋学者、地質学者、古生物学者。氷河期の発見者として知られる。メアリーの生存中に彼女の名前にちなんで、魚の化石に「Acrodus anningiae」と命名した人物。

ロデリック・マーチソン(1792~1871)
Roderick Impey Murchison 
スコットランドの地質学者。軍人から地質学者へと転向、チャールズ・ライエルらとアルプス山脈の地質調査を行う。