永遠の眠りへ

 1939年3月、ロンドン。
 冷たい雨が降りしきる中、ロンドン南部パットニーの墓地では、カーターの葬儀が行われていた。かつての国民的英雄は人々の記憶のかなたに消え、最後の別れの挨拶をするために集まった人は、ほんの一握りだった。その中に、地面に横たわる質素な棺を見つめる準男爵夫人イヴリンの姿があった。牧師の祈りが終わると、イヴリンは棺の上にそっと花を置いた。イヴリンは結婚後、エジプトを一度も訪れていない。カーターとも会っていないが、手紙のやり取りだけは続けていた――王墓発見の瞬間を共有した同志として。
 花が添えられた棺が土の中へと納められていくのを見つめながら、イヴリンはカーターから届いた一通の手紙を思い出していた。そこにはカーターが黄金の棺を目にした時の思いが綴られていたが、なかでも印象的だったのが、その人型棺に添えられていたという枯れた花束の話だった。カーターの魂がこの地に留まることはきっとないだろう。すでに飛び立ち、遥か海を越え、王家の谷へと辿り着いているかもしれない…。
 40年にわたるエジプト生活に終止符を打ち、1932年にカーターは英国に帰国するが、その後の人生は寂しいものであった。ツタンカーメン発掘という偉業を成し遂げながらも、高等教育を受けていなかったため、考古学者として高く評価されることはなかった。独身を通し、自宅で黙々と「ツタンカーメンの学術報告書」をまとめ上げる毎日を送り、結局その報告書の完成をみないまま、1939年3月2日、64歳で息を引き取った。
 ツタンカーメン王墓の発見は、20世紀におけるエジプト考古学史上最大の発見である。墓内にあった遺物のほとんどは、カイロ考古学博物館で見ることができるが、訪れた人はその質量に驚くことだろう。出土品はミイラも含め、研究と保存のために博物館へ移されるが、カーターはツタンカーメンのミイラを移動することだけは断固拒否したとされる。そして、カーターの願い通りにツタンカーメンは今も王家の谷で静かに眠っており、本来の王墓に納められている唯一の王だという。
 学者たちの唱える「常識」に屈せず、ツタンカーメン王墓の存在を確信し、鋭い感性と緻密な観察力、情熱と忍耐を持って、エジプトの大地を掘り続けたカーター。ひたすら追い求めた夢が現実となった時、彼の心を最も大きく揺り動かしたのが、黄金でもミイラでもなく、枯れた花束であったとは予想だにしていなかったに違いない。全調査を終えるまでツタンカーメンと2人きりで過ごした10年が、カーターにとって一番幸せな時間だったのかもしれない。

 

考古学者の憧れの家 カーターハウス in ルクソール

© Kameraad Pjotr
 王家の谷の発掘作業時に、カーターが実際に生活していたルクソールの高台にある家が、博物館として一般公開されている。2010年に修復を終えた館内では、書斎、暗室、寝室、キッチンなどが当時のままに復元されており、カナーヴォン卿や発掘作業員たちと写っている貴重な写真のほか、カーターが描いたツタンカーメンの棺のスケッチや直筆の手紙、使用した発掘道具なども展示されている。
ルクソールを訪れる際には、ツタンカーメンへの夢と情熱がぎっしりと詰まった「カーターハウス」へも、ぜひ足を運んでみよう。詳細はエジプト大使館 エジプト学・観光局(www.egypt.or.jp/)等にお問い合わせを。

 

47年ぶりの来日 ツタンカーメン展が大盛況!


大阪会場で開催された内覧会の様子(写真提供:産経新聞社)
 日本美術展史上最多の入場者数を記録し、日本を熱狂の渦に巻き込んだ「黄金のマスク」が来日してから約半世紀。ツタンカーメンの大型展覧会「ツタンカーメン展 ~黄金の秘宝と少年王の真実~」が、現在日本で開催されており、連日多くの観客が来場している。
 今回の展覧会では黄金のカノポス容器(ツタンカーメンの内臓が保管されていた器)、ツタンカーメンのミイラが身にまとっていた黄金の襟飾りや短剣など、ツタンカーメン王墓や王家の谷から発見された貴重な宝物122点を公開。
 大阪会場(7月16日まで、大阪天保山特設ギャラリー)では、開催してから2ヵ月で入場者数が60万人を突破。開館時間も延長され、不動のツタンカーメン人気を証明している。8月からは会場を東京に移して開催される予定。夏に一時帰国される方は、ツタンカーメンにまつわるミステリーを堪能してみては?

 開催日程:8月4日~12月9日
 会場:    東京、上野の森美術館
 
www.fujitv.co.jp/events/kingtut/top.html

 

参考資料
■『ツタンカーメン発掘記 上・下』ハワード・カーター著、酒井傳六/熊田亨・訳、ちくま学芸文庫
■『少年王ツタンカーメンの謎 考古学史上最大の発掘物語』P・ファンデンベルク著、坂本明美・訳、アリアドネ企画 ほか