最後のチャンス

 1921年、勝負の年が始まった。山のように堆積した土砂を取り除きながらの発掘は、通常通りに行っていたのではすぐに時間切れになってしまう。カーターは作業員の数を増やし、人海戦術で広範囲にわたってひたすら掘り進めていくことにする。膨大な量の土砂を休まずに動かし続けたが、実りのないままその年も終わってしまった。
 1922年の夏、カナーヴォン卿はついに探索打ち切りを決め、王家の谷の発掘権を放棄する旨をカーターに手紙で伝える。大戦により一時中断を余儀なくされたとはいえ、王家の谷を発掘し始めてから8年。遺跡発掘への投資を始めてからだと15年以上が経過している。カナーヴォン卿がそろそろ潮時だと判断したとしても不思議ではない。たとえ盗掘されていたとしても、埋もれた遺跡の発見は学術的には大きな意義があるが、投資する者にとっては多大な犠牲を払うことになる。大戦前とは違って英国も物価が上がり、道楽というには発掘は強大な負担になっていたであろうことは、容易に推測できよう。
 カーターは手紙を読み、部屋で呆然と立ち尽くした。本当に王家の谷は掘り尽くされてしまったのか。それともツタンカーメンの墓を探し当てるなど、自分には大それた夢だったのか。あるいはツタンカーメンは実在しなかったのか? ぼんやりと測量図を眺めていると、ふとある場所に目がとまった。
 「そうだ! ここはまだ手を付けていなかった!」
 ラムセス6世の墓の壁画は保存状態が良いため、人気観光スポットの一つである。その隣には墓を造る際に建てられた、作業員小屋の跡とされる遺構が残っており、王の墓の上に作業小屋を建てるなどありえないとして、これまで見逃されてきた場所であった。しかしよく考えると、第18王朝の王とされるツタンカーメンと第20王朝のラムセス6世の治世は、少なくとも200年ほど離れている。埋葬場所がわからないように地中に造られた墓だ。200年の間に所在が忘れられ、その上に小屋を建ててしまった可能性もあるはず…。カーターの心に、一筋の希望の光が駆け抜けた。
 カーターはすぐに英国に渡り、カナーヴォン卿のもとを訪れた。カナーヴォン卿が発掘資金を提供してくれないならば、自分の蓄えをすべて放出しても構わないとカーターは告げる。そしてもし何か発見できた場合は、自分はその遺跡に関するすべての権利を放棄し、カナーヴォン卿に一任することも約束した。話し合いは三日三晩続き、カナーヴォン卿はその熱意に負け、今回が最後という条件で発掘権の延長を決断した。

 

12段の階段と封印された扉

 11月7日、英南部バークシャーのハイクレア城。
 私室でのんびりと新聞を読んでいたカナーヴォン卿のもとに、エジプトから一通の電報が届く。
 「ついに谷で見事な発見。無傷の封印を持つすばらしい墓。元通りに封鎖して貴殿の到着を待つ。おめでとう」
 カナーヴォン卿は、この短い電報の意味を把握するまでにしばらく時間がかかった。そして理解した途端、ソファから勢いよく立ち上がり、家族が集っている談話室へと駆け込んだ。「カーターがとうとうやったぞ!」。カナーヴォン卿は、イヴリンとともに急いでエジプトへ向かった。
 最後の発掘権延長を申請した後、カーターはラムセス6世の墓の隣にある作業小屋の土台除去に着手した。「これが人生最後の発掘となるだろう。できることはすべてやり尽くした。後悔はしない」。おそらくカーターはこう覚悟を決めていたのではないだろうか。土台をすべて取り除くと、そこから南に向かって掘り返し始める。そして「その日」は突然やってきた。
 発掘開始から4日目の11月4日朝、カーターが現場に到着すると、作業員が誰も仕事をしていなかった。異常なほどの緊張感と静けさに包まれており、作業員の一人がカーターの姿を見るなり何か叫びながら駆け寄ってくる。
 「見つかりました! 階段です!」
 カーターはすぐに掘り進めるよう指示を出した。一段、また一段と下降階段が現れるたび、隠しきれない興奮で体が震える。そして12段目に辿り着いたとき、封印されたままの漆喰扉の上部が姿を見せたのである。
 11月24日、駆けつけたカナーヴォン卿とイヴリンが見守る中、調査を続けたカーターは、封じられた扉の下部にツタンカーメンのカルトゥーシュ(王の印章)が押されているのを発見した。これこそがツタンカーメンの墓だ…! カーターとカナーヴォン卿は思わず固く抱き合った。イヴリンは感激のあまり涙をこぼし、作業員たちは一斉に歓声を上げた。
 2日後、扉を崩して墓室へと続く通路の瓦礫を片付けたカーターらは、封鎖された第二の扉につきあたった。中の様子を探るため、扉の一部に穴を開けて顔を寄せると、カビくさい臭いとともに熱気が流れ出てくる。3000年以上密閉されていた古代の空気だ。カーターは、はやる気持ちを抑え、ろうそくを持った右手をその穴に差し込み、中を覗いた。
 「最初は何も見えなかった。しかし目が慣れていくにつれ、室内の細部がゆっくりと浮かび上がってきた。数々の奇妙な動物、彫像、黄金。どこもかしこも黄金だった」
 ツタンカーメンの王墓発見のニュースは瞬く間に広まり、世界中を驚愕させた。まだ発掘途中で見学ができないと知りつつも、世界各地から人々が王家の谷に押し寄せたという。忘れられた王は、一夜にしてエジプト史上最も有名な王となったのである。



黄金の厨子の扉を開き、内部をのぞきこむ
カーター(中央奥)とその助手たち。