生誕130周年 謎の失踪劇を起こした ミステリーの女王アガサ・クリスティー 【後編】
Photo by Angus McBean © The National Portrait Gallery, London

■〈前編のあらすじ〉 結婚、出産、作家デビュー、そして小説の大ヒット――。順風満帆に見えた日々は、長くは続かなかった。結婚から12年目の夏、夫が起こした「ある騒動」によって、悲しみのどん底に突き落とされたアガサは、驚くべき行動に出る…。生誕130周年、そして名探偵ポアロ誕生から100年を迎え、新たな映画の公開も迫る彼女の後半生をたどる。

●グレート・ブリトンズ●取材・執筆/柳下加奈子・本誌編集部

謎の失踪――空白の11日間

「悲劇」がアガサを襲ったのは1926年のこと。6冊目の著書「アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd)」を出版し、そのトリックが「フェアかアンフェアか」で様々な論争を巻き起こすという、ミステリー作家として願ってもない成功を収めた矢先のことだった。

1926年4月、病に臥していたアガサの母親が死去。幼くして父親を亡くし、母親と多くの時間を過ごしきたアガサにとって、その喪失は大きく、悲しみに暮れるアガサはフランス南西部で4ヵ月ほど療養生活を送る。そして8月、英国へ戻った彼女が夫・アーチーと久々に顔を合わせると、彼の口から想像だにしなかった言葉が飛び出した。

「離婚してくれないか?」

アーチーは、アガサに帯同して世界巡業を行った際に知り合った「大英帝国博覧会」の主催者、アーネスト・ベルチャーの友人である10歳下の女性、ナンシー・ニールとの不倫を打ち明けたのだ。アガサは離婚を拒否した。時間が経てば、夫の気持ちも落ち着くだろう…そう信じて過ごしたが、同年12月、アーチーは「クリスマス前後の1週間は友人たちと過ごすことにする」と宣言。アガサの同伴も拒絶したのである。あまりのショックに耐えかねた彼女は、その日の深夜、娘を置いて行方をくらましてしまう。

当時、アガサ一家はバークシャーで暮らしていた。「ドライブに出る」と言って出かけた彼女の車が、サリーの車道脇で乗り捨てられているのを発見。車内には、有効期限の切れた運転免許証と洋服が残されていた。人気作家の失踪は瞬く間に表沙汰になり、これに飛びついた新聞社は、夫に疑惑の目を向け、報奨金付で情報提供を促すなど大騒ぎとなった。

失踪していたアガサが発見されたことを報道する、当時の新聞記事。

それから11日後、アガサはヨークシャーのハロゲートにあるホテルに、夫の不倫相手の苗字を使い「ミセス・ニール」の名で宿泊しているところを保護される。事件の後、数人の医者により「記憶喪失」と診断されたアガサは、このスキャンダルの詳細を語ることはなかった。自身の著書さながらの謎に包まれた失踪劇は「解離性記憶障害説」「夫をこらしめるための計画説」など多くの憶測を呼び、皮肉にも彼女の名をより世間に轟かせる結果となった。

この事件以降、彼女はマスコミを敬遠するようになり、往年の名女優グレタ・ガルボのマスコミ嫌いを文字って「ミステリー界のガルボ」と呼ばれるようになる。家族や親しい友人に囲まれた、穏やかで静かな生活に強く固執するようになった。

遺跡発掘現場での出会い

1928年、アガサとアーチーの調停離婚が成立。その1週間後、アーチーは不倫相手のナンシーと再婚している。しかし、アガサは離婚した後も前夫の名字「クリスティー」を使用し、執筆活動を続けた。そんなアガサの人生が新たな局面を迎えるのは、それほど先のことではなかった。

アガサは英国をしばらく離れようと、長距離夜行列車「オリエント急行」に乗って、トルコとイラクへ旅行に出かけた。そしてイラクでは遺跡発掘作業に参加し、知り合った英国人考古学者夫妻と意気投合。1930年に再びイラクを訪れて、発掘現場へ向かった。そこで運命の出会いを果たしたのが、14歳下の英国人考古学者マックス・マローワン。年齢も育った環境も異なる2人だったが、あっという間に惹かれあい、7ヵ月後に結婚した。アガサは40歳、マックスは26歳だった。以後、アガサは夫の中東での発掘作業にはタイプライター持参で同行し、「メソポタミヤの殺人 (Murder in Mesopotamia)」や「ナイルに死す」など、異国情緒あふれる作品を次々と生み出している。

やがて第二次世界大戦が勃発。アガサは再びロンドンの病院で薬剤師として働きはじめるが、先行きの見えない混沌とした情勢の中で、彼女は自分に万が一のことがあった場合を考えて、名探偵ポアロの最終作となる「カーテン(Curtain)」、同じく名探偵ミス・マープルの完結編「スリーピング・マーダー (Sleeping Murder)」を書き上げる。そして、2作とも「彼女の死後に出版する」という契約を出版社と交わし、著作権をそれぞれ夫と娘に遺した。この原稿は、爆撃で失われるのを避けるためにニューヨークで保管されたが、結局、出版社に急かされて「カーテン」はアガサが亡くなる前の1975年に刊行されている。

ポアロ誕生から 100年 映画「ナイル殺人事件」、12月に公開!

英俳優・監督のケネス・ブラナーが、映画「オリエント急行殺人事件」(2017年)に続きメガホンをとった、名探偵ポアロ・シリーズの第2弾。新型コロナウイルス蔓延の影響で上映が延期され続けていたが、ついに12月18日に公開が決定した(10月6日現在、公開延期の可能性あり)。

容疑者は乗客全員――愛の数だけ秘密がある。

アガサ自身が「旅行物のミステリーで史上最高傑作」と称した「ナイルに死す(映画の邦題はナイル殺人事件)」の舞台は、エジプトのナイル河を行く豪華客船。ギザの3大ピラミッドやアブシンベル大神殿など、エジプトの名所をバックにした映像美とともに、密室殺人、予想もつかないトリック、複雑な人間ドラマが繰り広げられる。

ポアロ役は前回に続きケネス・ブラナーが務めるほか、ガル・ギャドット、アーミー・ハマー、アネット・ベニングら豪華キャストが出演。
映画予告編は こちらから

色褪せないミステリー

1964年、74歳のアガサ。© Joop van Bilsen / Anefo

1971年にその功績を称えられ、大英帝国勲章(デイムの称号)を授かったアガサ。翌年に心臓病を患い、ベッドでの安静を言い渡されたが、オックスフォードシャーにあるテムズ河沿いの町、ウォリングフォードで執筆を続行。滅多に公に姿を見せることはなく、彼女の晩年の作品は、クリスマス・シーズンに合わせて出版されるようになっていたため、アガサ・ファンにとってクリスマスはかけがえのないものとなっていた。だが、それも1976年に終止符が打たれる。

同年1月12日、ウォリングフォードにて永眠。近郊の教会に埋葬された。

85歳で亡くなるまで精力的に活動し、ミステリー界に革新の波を次々と起こしたアガサ。1952年の初演の後、ロンドンでの最長公演記録を持つ舞台「マウストラップ」(短編小説「Three Blind Mice」を戯曲化したもの)や、過去幾度も映像化されている「そして誰もいなくなった」など、アガサの小説は様々な役者や監督により、舞台、映画、ドラマ化され、死後40年以上経った今でも輝きを失うことなく愛されている。遺産や痴情のもつれなど、小説の背景はドロドロしたものであることが多いが、そこには彼女が愛したものがたくさん詰まっている。生まれ故郷のトーキーを中心としたデボンの風情、パリの学校で学んだ音楽、世界各地を旅して目にしたもの、夫の仕事を支え育んだ考古学への興味など、一見、まったく関連性のないものばかりだが、彼女の著した小説のごとく巧に繋がり、物語を彩るエッセンスとなっている。

新型コロナウイルスの蔓延により、毎年恒例の様々なイベントが中止となっている2020年。今年の秋は、自宅でゆっくりとアガサ・クリスティーを読破してみてはいかがだろうか。

アガサが1934~41年までの7年間、再婚した夫と暮らした家。引越し好きだった彼女は数多くの転居先の中でも、とくにこの家を気に入り、「オリエント急行殺人事件」「ナイルに死す」はここで生まれた。同所にはブループラークが飾られている。
58 Sheffield Terrace, London W8 7NA

週刊ジャーニー No.1158(2020年10月8日)掲載