念願の「ペニー・ブラック」ついに誕生!

 ローランド・ヒルは早くからこうした問題に気づいていた。一般郵便が高額すぎるのが第一の問題であり、国会議員や政府高官が無料で郵便を利用できるというシステムも悪しき旧弊以外の何物でもない。しかし、赤字に悩む政府が、労働者の懐に優しい改革などに着手するだろうか。
ヒルは1837年に郵政改革を説く有名なパンフレット「郵便制度改革:その重要性と実用性」(Post Office Reform: Its Importance and Practicability)を出版する。これまでの苦い経験から、政府に直訴するだけではなく、シティのビジネスマンから署名を集め、マスコミを最大限に活用するロビー活動を盛んに行った。
ヒルは言う。「誰もが互いに手紙を送れるようになること、それは、読み書きを学ぶために積極的になるということで、教育改革にも通じるはずだ。さらに、友人同士で、母親が子供に、妻が遠隔地にいる夫と連絡を保てるようになるので、国民の団結心を助けることにもなる。単に商業上の成功だけではなく、社会改革の重要な一助になるはずだ」。

 



ヒルの偉業を称え、肖像画入りの記念切手が何度か発行されている(写真は1995年版)。
右上には通常通りエリザベス女王の横顔のシルエットが記されている。
Rowland Hill Stamp Design © Royal Mail Group Ltd (1995)

 

 これには非常に多くの賛同者が集まった。
とうとう政府は1839年9月16日、前評判に押される形で、ヒルのパンフレットを基にした郵政改革法案を始動させる。同時に郵政に関するアドバイザーの地位を得たヒルの当初案は、重さ0・5オンスまでの一般郵便は、距離に関わらず一律4ペンスに。その代わり、女王を含む誰もが平等に料金を支払うこと。さらに、その料金は前払いにすること等だった。
この新しい郵便制度は同年の12月5日、ロンドンと一部の都市で初めて試行された。郵政大臣ロバート・ウォラスをはじめ、旧友などから、新しい制度を祝う祝辞の手紙をヒル自身も数多く受け取ったという。そして、全国的な制度開始は数ヵ月後の予定だったが、国民からの強い要望によりほぼ1ヵ月後の1840年1月10日、予定を前倒しして正式にスタートした。
またこの頃、ヒルは郵便の料金前払いを示す証拠はどのように表示すべきか、アイディアを公募していた。全国から2600あまりが寄せられたものの、どうやらヒル自身のアイディア、すなわち「裏に糊のついた指定の印紙を購入して、それを手紙に貼る」が最も簡単のようだった。デザインは、芸術的なドローイング風なものも考えたが、財務省所属の印紙局で働く兄に相談したところ、印刷費をなるべく安価に済ませるためにも、できるだけシンプルに、そして小さな紙にした方が良いとのことで、ヒルは流通している硬貨に似せて、即位したばかりの若きヴィクトリア女王の横顔を配した。当初の4ペンスが1ペニーに値下げされ、黒地に女王の横顔だけが印刷されたこの切手は、5月6日から利用が始まり、それはやがて「ペニー・ブラック」と呼ばれることになる。

 



ヒルにちなんで名づけられた通り「Rowland Hill Avenue」(教鞭をとったブルース・カッスルの近く)。
また、晩年を過ごしたハムステッドには「Rowland Hill Street」がある。

 

 ヒルの改革により英国の郵便利用者数は、すぐさま今までの2倍に増加した。1854年までには世界30ヵ国がヒルの郵便制度を取り入れ、日本でも明治維新後間もない1873年、英国式郵便制度を導入している。ついでながら英国の切手は現在も国名を印刷せず、エリザベス女王の小さな横顔のシルエットで代用しているが、これは当時の名残り。国名の入らない郵便切手は世界でも類を見ないが、これは切手を発明した国の強い自負の表れといえるだろう。
起業家、改革者として各方面で並々ならぬ才能を振るったヒルは、人々の記憶に残り、社会にとって有益となるような仕事に、ついに巡りあった。政権が代わったせいで一時郵政の仕事から離れることを余儀なくされたものの、後に郵政省次官(Secretary to the Postmaster General)として復帰し、1864年の引退まで郵政界で辣腕を振るう。
自説を信じ常にパワフルに物事を押し進めたため、同僚からの評判はいまひとつだったともいわれる。しかし数々の功績はそれを払拭するに余りあり、1860年にはヴィクトリア女王からナイトの称号も叙された。ローランド・ヒルは、1879年8月27日、ハムステッドの自宅で死去する。83歳だった。葬儀はウェストミンスター寺院で執り行われ、ヒルは寺院内のチャペルに埋葬される栄に浴した。数歩離れた位置には、幼い頃彼が尊敬し夢中になった、蒸気機関の発明者ジェームズ・ワットが眠っているという。



シティのキング・エドワード・ストリートにはヒルの像が建つ。
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