2017年8月10日

 

ご当地ワインと郷土料理&名産物⑳スペイン・ワイン総括 その3

風情のある酒精強化ワイン

スペインのワイン事情の締めくくりにふさわしいお酒といえば、やはりシェリーSherry。今月号と来月号の2回にわたって、このお酒についてお届けしたい。
シェリーとは、アンダルシア州カディス県のヘレス・デ・ラ・フロンテラJerez de la Fronteraを中心にした地域で造られる酒精強化ワイン。日本酒でいうと米だけで作った純米酒ではなく、そこにアルコールを添加した醸造酒のように、アルコールを強化したワインだ。といっても、アルコール度は15~19度ほど。タパスを楽しみながら、日本酒のようにちびちび味わうのに最適な風情のあるお酒だ。



いったん途絶えたワイン造り

スペインでのワイン造りのスタートはフランスやドイツより早い。紀元前1100年頃、フェニキア人がイベリア半島に進出し、ヨーロッパで最古の都市カディスを建設。その近くにあるドーニャ・ブランカ城のフェニキア考古学遺跡には、ワイン醸造用の搾汁場の跡が発見され、フェニキア人が、現在のレバノンから、はるばるこの地にぶどう栽培とワイン醸造をもたらしたことを物語っている。

この地でのワイン造りは、ローマ人によって引き継がれるが、8~13世紀のイスラム支配期に一度中断。その後のレコンキスタ(領土回復)でワイン産業が復活したという経緯がある。フェニキア人によってセレスSeresと名付けられたこの町は、イスラム支配期にはシェリシュXeres(スペイン語読みにすると「ヘレス」)と呼ばれ、経済的にも軍事的にも重要な地として栄えた。

健康維持のために生まれたタパス

1264年にカスティーヤ王アルフォンソ10世がヘレスを奪回し、ヘレスにグラナダのナスリ王朝との国境をひいた頃、ヘレスは、「国境のヘレス」、つまり「ヘレス・デ・ラ・フロンテラ(「フロンテラ」=国境)」と呼ばれるようになった。戦争の多い当時、兵隊への栄養供給のためにブドウ栽培が盛んに行われ、国王の軍隊の最重要人物の一人だった、フェルナン・イバニェス・パロミノの名に因んで、当時栽培していたブドウの品種を「パロミノpalomino」と名付けたと伝えられている。現在、シェリーの90%以上がこのパロミノ種から造られている。 
さて、ヘレス・デ・ラ・フロンテラはワインのみならず、現在の形のフラメンコとタパスの発祥地でもあり、この町から多くの著名なフラメンコ演奏家が生まれ、現在、フラメンコ学校やフラメンコセンターが置かれている。
また、タパの習慣は、前述のアルフォンソ10世が病気にかかった際、食間にワインと小量の料理を摂ったところ、無事に回復したことから始まったと言われている。健康を取り戻した王は、居酒屋がワインを客に出す際、必ず軽食または「タパス」を提供することを命じたという。タパは「蓋をする」を意味する動詞「タパル」(tapar)に由来する。最初のタパスは、アンダルシアの居酒屋で、甘いシェリーにショウジョウバエがたかるのを防ぐために、客がシェリーを一口飲む度にグラスに蓋をしようとパン又は肉の一切れを使ったとされており、この「蓋」がタパス料理の起源となった。こうしてタパスは、ワインとともに、スペインの歴史を通じ種々の文化や国の影響と食材を取り入れて発展したのだった。

 

ミヨコ・スティーブンソン Miyoko Stevenson

WSETディプロマ取得。Circle of Wine Writers会員。Chevalier du Tastevin(利き酒騎士)団員。Jurade de St-Emilion団員。Ordre des Coteaux de Champagne団員。国際日本酒利き酒師。The Guild of Freemen of the City of London会員。ワイン関連の訳書・著書あり。現在、ロンドンでワイン教室を主宰。
www.miyokostevenson.co.uk
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リベラ・デル・ドゥエロは大陸性気候で、夏季は摂氏40度を超えるほどの暑さとなり、乾燥する一方、冬季はマイナス摂氏18度を下回ることもあるなど厳しい寒さに見舞われる。